はてしなきひらひら

尾ひれが沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

積極的■■主義(試論)

 試論 積極的■■主義について

(自主検閲・伏字二文字については適宜補われたし)

 

 兎角世間は■■、■■と、そればかりが唯一絶対の真理の如く、それに勝る価値はないという風に申しますが、一言に■■と申しましても、大凡これは積極的・消極的の二つが御座います。

 まず、専ら説かれます、■■というのが、消極的なものになります。というのも、これは否定(でない)から導かれるものであります。対しまして、積極的なものは「である」であります。

 消極的■■は、兎角、何からでも導く事が出来ます。ですから、例えばこんな一例もございます。

 

「ネェ、お父さん、今日の晩御飯、何になさいます?」

「んん、何でもいい」

「なぁんでもいいって、そんな……そう言って此の間、豚の角煮は嫌だとか言ったじゃあありませんか」

「ん、じゃあ、豚の角煮でないもの」

 

これが、家庭に於ける消極的な■■の実現に至るプロセスであります。

 対しまして、是が積極的なものになりますと、厄介なのであります。

 

「お父さん。今日の晩御飯、カレーですよ」

「俺はサバの味噌煮が好い」

「未だ、昨日のカレーが残ってるから、カレーですよ」

「いいや、絶対、サバの味噌煮だ」

 

ここで例えば、お互い、譲歩して、サバの味噌煮カレーが其の晩の献立と成ればいいのですが、現実はそう上手くいきません。果たしてこれがカレーと、クサヤのなます和えだったら、大変な事になります。

 

 そういう訳で、積極的な■■主義というものは、中々流行らないものです。

 なので、リアリスティックな人は、こうした闇鍋が完成しないように、積極的な■■主義を消極的■■主義と呼んでみたりします。

 別に、そう呼ばなくても、代わりに、消極的な方を積極的だと言ったりします。

 

 ○○でない■■は、何だって■■と言えるのです。だから、「でない」■■は好まれるのです。何故なら、例えば、「ゾウさんでない■■」と「タンポポでない■■」があったとしても、この「ゾウさんでない」そして「タンポポでない」■■はあり得るからです。

 でも、これが「である」■■だったら、大変なのです。

 「ゾウさんが■■である」で「タンポポが■■である」でもあると、ゾウさんとタンポポがどっちも■■と言う事になります。

 

 これは、結果として、タンポポもゾウさんもお互いに、随分かけ離れているようですが、同じ■■だと認めれば、なるほど、こういう事も出来るのですが、実際の所、そうやってどんどん、「〽あれも■■、これも■■、たぶん、■■~」なんて言われると厄介です。

 

 何が厄介なのかと言えば、結果として、■■が何なのかよくわからなくなるからです。

 煎じ詰めれば、そうするほど、何が何だか分からなくなるのです。

 でも、煎じ詰めたる「である」■■と「でない」■■は決して同じものではないのです。これは確かです。

 

 なので、最終的に、この二つの■■主義は、何について語っていようとも、どういう方法で突き詰めていくかという、態度の違いから、結局、争う事になります。

 そこで、第三の■■主義という立場では、「である」且つ「でない」■■というものをおこうとするのですが、それがありえるのか、という所で「である」「でない」双方から突き上げを喰らう訳です。

 

 

 大雑把ですが、■■主義について書いてみました。

 なお、この■■には、どんな文字も当て嵌まる事が出来る、というのが、私の見解です。

 そこで、若し、お時間ある人がいらっしゃいましたならば、試しにこの、

「■■にはどんな文字でも当て嵌める事が出来る」主義を、■■に当て嵌めてみて下さい。そして、もう一度この文を読み進めてみて下さい。それで、本当か如何か確かめてみて下さい。

 どうぞ、よろしくお願いします。

 

映画の感想:『虐殺器官』(2017)

 (2017/2/4:加筆修正:2017/2/5)

 

 1

 昨日『虐殺器官』をみた。ああいう仕様なのだと思ってみた。初めてハヤカワ文庫を読んだ学生のイメージ映像を観ているようだった。でもそれが良いのだろうと思った。

 伊藤計劃作品の入門編としては、いいのかもしれない。『屍者の帝国』がファンタジー映画だったのに対して、『虐殺器官』は映像メディアの強味を活かして、近未来のテクノロジーを具体的に観客へ示してみせた。それだけでも十分にこの映画は映像作品として、意味のあるものであったと思われる。全体の印象として、随分『お喋りな映画』という印象もあったが、それも、なるべく観客(普段からこの手のジャンルの作品に慣れ親しんでいない人)への配慮だったと、善意的に解釈してもそこまで恣意的ではなかろう。

 飽くまでも、映画は大衆向けの媒体である。劇場は決して、特定の人々に開かれているのではない。確かに観客は、一人一人を見れば、客席からスクリーンに対して、一対一で相対している。けれども、劇場という空間は元来、複数人の人間で共有されている場であり、プライベートな空間ではない。だから態々、上映前に、「前の椅子の背を蹴らないで」云々のマナーについて、注意が流されたりもするのである。

 作品自体は公共的で均一である。しかし、それを鑑賞する客席にはムラがある。そのムラについて目を瞑るか或いは取るに足らないとする人の中には、経験その物が共有されていると解する人もあるようだが、それは余りに大雑把過ぎる嫌いがあると筆者は考える。

  例えば、筆者は映画を観ていてその雰囲気に既視感を感じたのだが、スタッフロールを観て納得がいった。音楽が『相棒』でお馴染みの池 頼宏氏だったのである。のっぺりとした顔と血糊がふんだんに使われた映像は、テレ朝の看板ドラマのスペシャルバージョンの印象を否めなかったが、それは私(筆者)の頭の中での経験である。

 見解は言葉にすれば、映画の様に共有する事は出来るかも知れないが、その意味までは共有出来ないと考えるのが筆者の立場である。しかし、それでも筆者は敢えてここでは、映画を共有可能な経験であるという前提に立って論じようと思う。それはアニメ映画を「大衆娯楽」だとする場合に、映画が大衆にとって共通の経験として認識されているという前提に従ったまでの事である。

 だから、自ずから本稿では、『虐殺器官』のキャラクターデザインとか、声優とか、その他諸々の「俗っぽさ」を理由に映画を批判は有り得ない事になる。寧ろ、本稿ではその「謙虚」な、或る意味で「無難」な態度を批判する事になるかもしれない。

 いっそ手を抜かずに、『屍者の帝国』ぐらい、換骨奪胎すればよかったのに、という批判も可能である事を筆者は提示したいのである。それは逆説的かもしれないが、原作というものと一切乖離して独自の世界観を作り上げたならば、原作ファンには総好かんを喰らったとても、作品としては自立する事が出来たからだ。帯に短し襷に長し、というのが最も始末に負えない。論ずるにしても、そもそも、論ずるに足らないからだ。

 

 2

 本稿を執筆するに辺り、彼是検討を重ねた結論としては、映画自体は論ずるに足らず、というのが筆者の結論である。いっそ清々しい位、我田引水がされた方が、批判するのも容易いのである。ただ、それでは曲がりなりにも感想を述べるという主旨に反する。ただ、何処を批判すればいいのやら、分からない。際立ったものがない、只管に平坦な映画――というのが、筆者の感想である。

 しかし、それが此の映画の意図する所だという、穿った見方も出来なくもないから、困った所である。あれだけ饒舌な映画なのだから、余計その平坦さを際立たせる事も出来ただろうに、と思ってしまう。形ばかり大衆向けで、しかしその分かり易い言葉で以て語る所はそうではなく、為に余計まどろっこしいのでは本末転倒であろう。

 話にどれだけ尾鰭を付けても良いだろうが、言いたい事はシンプルな方が良い。しかし、内容がそう単純でないならば、単に画や言葉を易しくするだけではなくて、その論調、展開自体も易しくするべきである。

 『虐殺器官』にとりても、その工夫がなかった訳ではない。色に例えてもいいだろう。極めて出色の出来であった原作の色彩を表現するのに、今流行りの絵具では不足していたのである。色は言葉と置き換えてもいい。問題点は恐らくそこにあるのだろうと思う。その上で文句を言うなら、もう少し観客に対して、挑戦して呉れてもよかったのに、と言いたい。ただ、その挑戦に応じられるだけの観客が少ないのも現状で、だからこそ、今回はその裾野を広げる為に、工夫したのだろう。とは言え、それでよりにもよって伊藤計劃に目を付けたのはミスチョイスだったと思う。或いは、それが制作者サイドの挑戦だったのかも知れないが、勝負は伊藤計劃の圧勝であった。これは如何にも覆らないだろう。なお、筆者は『屍者の帝国』について、小説は円城塔の小説だと見做しているし、映画も映画で、小説とは異なる、独自のものと見做している。

 

 3

 兎に角、相手がまずかった、としか言いようがない。

 ただこの失敗を機に、昨今の安易な映像化の傾向が少しでも鈍る事を願いたい。ただ、鈍りはしてもなくなりはしないだろう。何故なら、もう既にコンテンツを大量消費する仕組みが出来上がってしまっているからだ。それに自覚的になった所で、気が付いた当人も、その機構の中に組み込まれてしまっているので、如何にもならない。今後も会社も人も潰されるだろうし、コンテンツは次から次へとオワコンに認定されていくだろう。ただ、一瞬でもブームになれば未だ好いのかも知れない。三面記事の話題にさえならないで消えていくものの数が圧倒的に多いからだ。

 けれども、そんな状況がいつまでも続く事はないので、静観出来るものなら、していたいものである。ただ、そうした静観もその内出来なくなるのだろうという気もしないんでもない。物事にはいつか終わりが来る。故人の遺産を食い潰し、漸く延びて来た若芽も摘んで消費してしまう、無計画な仕組みはいづれ何処かで破綻を来し、その時、多少なりとも秩序だって見えた体制がどの様に瓦解するかについては、敢えて此処で言う事の程でもない。

 『虐殺器官』は自身の感情を制御して、只管に貧しい人間同士の相互に潰し合う為だけの紛争の後始末を引き受けなければならない、中継ぎ的・中間的な存在の平坦な感情を観客に伝えている点では「出色」の作品である。どうか、自分の生きている内には、そんな面倒事置きませんように、と願いつつ、日々を齷齪生きている小市民の期待が結局の所、状況を益々悪化させているという事がよく描かれている。

 然し、最後に余計な尾鰭を付けるとしたなら、映画のラストシーンについて、あのようなメタ的解釈の可能な演出は観客を困惑させるので好ましくない。もっと大衆にも分かり易く、ストレートに演出して貰えたら、後で大いに盛り上がる事が出来たろうに、此の点、返す返す思うにつけて残念でならない。

 

 

ゴジラと貞子、ヤリキレナイものについて

ーー1

 現実と虚構のせめぎ合いの中で、モニターの向こう、スクリーンの向こうから観ている此方側へ近づいて来る、映画の中の怪物は、いづれも自己増殖する。

  当然ながら、自己増殖する彼らにとって、自己の複製との関係は親子と呼ぶことは出来ない。いづれの個体も複製の一つに過ぎず、彼らは皆、孤児であり、捨子である。

 

 彼等は亡くした母を思うて泣くと同時に、自らを作り出した父を恨んで殺そうとする。父に母の代わりは勤められない。というのも、父もまた、我が子同様に母なき子であるからだ。

 

  父となるものは、二度母を失う事になる。一度目は産まれた時、二度目は妻を亡くした時である。これは役割的な話であって、生理学的な性別によらない。

  子供は、母の胎内に回帰しようとする。だが、そもそも子が母親の胎内の宿った瞬間に、もう全ては手遅れなのだ。母となってしまった者はいづれ子を残して死なねばならぬ。父となった者は、我が子に恨まれ滅ぼされる。宿ってしまった子は、その安住の園から追放される運命を背負う。

 だからこそ、親は子を捨てようとする。其れを許さないのは、周囲の人々である。というのも、彼等もまた、誰も親になる事を望んではいないからだ。

 彼等自身も孤児であり、母親に、故郷に、「ふるさと」に帰りたがっている憐れな子供たちなのである。

  そうして、その憐れな子供同士が、互いに寄り集まって慰め合うのが集団の、社会の目的である。互いの不足は、決して埋めることは出来ない。二人いるのに席が一つしかないような状況で、半分こして腰掛けても其れで十分な用が足せる訳ではない。

 そんな、社会の状況の中で、うっかり産まれてしまった「廃棄物」の中に、子供もある。悲劇は、死んで流れていく事ではなくて、中途半端に産み落とされて、放逐される事である。

  「産まれて来さえしなければ、こんな苦しみを味わう事もなかったろうに」と悔いたところで、憐れな廃棄物には浮かぶ瀬もなく、糞土の中から産まれたホムンクルスや、死体で出来たフランケンシュタインの怪物、ロボットらと同様に、彼等「ヒトデナシ」は、未だ生きている母を前に駆け寄る事も泣きつく事も出来ず拒絶され、父に対しては感謝の礼を尽くす義務が課される。

 

ーー2

 ゴジラと貞子の本質はこの廃棄物である。 彼らは、ただ只管、人間に対する義務を背負わされる存在である。

 しかし、一方で彼等を垂れ流した人間達の言い分も、本質的に彼等と大差ない。あるとすれば、産み落としておいて、見て見ぬ振りをする連中は、自分達の義務を子に押し付けたーーという一点であろう。

 

 即ち、彼等は親となれば最早、自らの子供としての座を譲らねばならないのである。第二の人生なぞありはしないし、やり直しが効く事なんぞただの一つもありはしない。人生は一度切りであり、一度傷がついたならば、その傷は決して癒える事はなく、最後はそれが元で死なねばならぬ。(言わずもがなだが、この怪我こそ、臍帯の切断に他ならない)

 

母ならば子らの成長を待たずして、父ならばその子らによって、滅ばねばならず、それが嫌なら親にならない努力もあったろうに、作り出してしまったのだから、後でどれだけ悔いたろうが後の祭りである。

 母を失い、恨みから父も殺したヘンゼルとグレーテルのきょうだいが、森の中で成長して、所帯を構える事は容易に想像出来るが、果たしてその関係が禁忌を犯すものとなった後にも、彼等自身が自らの親に倣うか否かは果たして一概にどうなるか知れたものではないが、兎も角、父という、母なき後の制度としての社会のあり方を否定して、解体した後に家も自ら焼いてしまった子供達にとっては、一体これから自然の中でどうやって生きていくという事が最重要課題となる。そんな中で先ずは、自らの姿を何かで隠すーーという行為を真っ先に採る事は成る程実に合理的であるように思われる。

 

 傍目には、何度となく繰り返しているように判ぜられるが、しかし、親という範を持たない・知らない子供達にとってみれば、彼等の世代交代は、彼等一代毎に固有の現象として当事者的には把握される訳で、其処に何等の問題も生じない。例え傍目には、結局、因果の鎖から逃れられていないと見えても、彼等に見えているのは一本の線分であり、その両端は綺麗に断絶していて、後にも先にも彼等の生きた分以上以下もない。

 其処には、与えられた分も、また他に押し付けた分もない。見えていなければ、あると思わなければ、実際にそれ以上の問題は存在しないも同然である。

 しかし、一度、自分の義務ーー押し付けられたものを感じてしまったならば、それが被害妄想だったとしても、最早彼彼女の人生は個々に閉じたものではなくなってしまう。「前車の轍を踏まない」という意識は、自分が親の負担するべき負い目を自らのツケとして払う存在である事を認めた事となる。すると、例え親達がーーいけしゃあしゃあとーー「そんな事は思っていない」と述べた所で、その事実いかんに問わず、彼彼女の生涯は先祖代々の因果を死ぬまで背負って生きていくより他に選択肢のない、苦役でしかなくなってしまう。

 不幸を託つ事も出来ない。というのは、世の中には、如此く、他人に黙って手前のツケを押し付けのうのうと生きていく厚顔無恥カッコウの親と、その無知につけ込まれて誑かされて、挙句泣き寝入りするより仕方のないものの、それ以外の生き方の選べないともがらの二種類しか存在しないからである。

 此の世には、DVの加害者と、そんな加害者に依存している被害者しかいないのである。

 

ーー3

 ゴジラや貞子は、言うなればそんな、被害者にとっての本当の意味での救い主である。

 払うべきツケは、払うべき者が払うのだーーという事を徹底するだけの力(物理的な)を持つものは現実には極々限られ、かつその使用も非常に限定されている(専ら其れは、カッコウ達の努力による)。

 『神がやらねば「人」がやる』というセリフはテロリストの常套句、自己正当化の方便として取られてしまうが、「人」ではないヒトデナシがする分には何ら問題がない。其れが怪獣(ゴジラ)、怨霊・ウイルス(貞子)、人造人間(巨神兵エヴァ)であったならば、尚更構わない。人の世界の理を超えた、超常の存在の到来を期待する人は大勢いて、そうした、「白馬の王子さま」ーー自分を救い出す為に変わりに戦ってくれる騎士ーーを夢見る人々が結果としてアイドルの様な超常的なヒトデナシを生み出す。しかし、彼等も救われた瞬間に、自分達を支配していた連中と同じように振る舞い出す。

 と言うのも、結局、支配ー被支配の関係に甘んじる様な手合いは、支配されてやる代わりに、自分が相手にとっては欠くうべからざる存在になろうとしている場合も往々にしてあるからだ。

 

ーー4

 しかし、ヒトデナシにとっては、人の世界の理屈というものは関係なく、仮に傅かれて、支配して下さいと懇願された所で応える事は出来ないのである。だが、自分達のささげ物を受け取らないと憤る人々も間々いるもので、結局、彼等も敵に回したヒトデナシは、英雄から一転して、度の過ぎる社会の危険因子として排斥されてしまう。

 

 排泄物もとい人間の廃棄物であるヒトデナシが、人のツケを払わされるのは、畢竟、彼等がヒトデナシという呼称の様に、「人ではない」何かとされるからだ。

 幽霊にせよ妖怪にせよ、ヒトデナシは所詮、人間の目には、その人の見る事の出来る形でしか捉えられない。其れは結局、彼等の「見たい様な姿形」で現れている事に他ならないのである。

 

 有り難い事だろうと巫山戯た事であろうと何だろうと、所詮は、感じる人の把握出来る形でしか受容されない様に、ヒトデナシが虚実皮肉の「幕」の向こうで、人の見たがる姿で此方に迫って来る限りは、人に都合のいいように振り回された挙句、打ち捨てられ、顧みられる事もない。

 

 怪獣や怨霊は、そうした忘れ去られたヒトデナシのヤリキレナイ恨み辛みのシンボルとなり得る。

 ただし、其の所業は、都合のいいように正体や心中を察せられ、蹂躙され続けたモノが「復讐」しているのではない。自由が、人間にとって真の意味で理解出来ない様に、ヒトデナシの意図は汲み尽くせないのだ。

 

 人が泣く理由が喪失にあるとしても、如何して其れを悲しんだりして、泣いたりするのか、結局、其処ん所が分からない内は、人はヒトデナシに踏み潰されたり焼き殺されたり、呪う殺されたりするより仕方がなさそうだ。

 

 せめてもヒトデナシを理解しようとするのであれば、其れらから逃れようとせず、しっかりと抱きとめるだけの勇気とか、そういった覚悟は必要なのだろうけれど、果たしてそんな覚悟のある奴は、ヒトデナシに違いない。

おおまかな見取り図:『天使のたまご』を巡る状況について

――0:発作的な書き出し

 偶然と言うものには全く感謝しなければならない。

 元日以来、十日に渡って近所の古本屋を一人で渉猟していたところ、今日になってようやく「収穫」と呼べそうな本を手に入れることが出来た。普段から、習慣として運動をしていないと、いざという時に身体を動かす事は出来ず、殊、大型の書店の棚を眺める時は、時間的制約からも瞬発力が要求される。数あるセール品の中からパッと目端に止まったものを手に取る事が出来ないと、またとない機会を逃してしまう。気が付いた時にはもう他人の手に渡った後である。

 自分が目に止めた物の、「また今度でいいや」と思った本が、どこかで誰かに紹介された時ほど悔しい事はない。自分が書こうとした筋書きの物語を誰かに書かれてしまった時と同じ位悔しいものである。自分が言おうとした事を誰かが代弁してくれたというのであれば、別にそれは自分の仕事が減ったのだから良しとしよう――と思う事は出来る。けれども、その時自分が優先度を低く設定したものを、あとからその評価が誤りであった事を、否応がなく他人から教えられるのは、耐え難いものがある。

 買おうと思った時よりも値段が釣り上げられていたり、別の場所で十把一絡げに売られていたのを発見した時も然程、がっかりはしないのだが、正にその時、その本を入手していれば、今、彼の代わりに自分がその論を主張出来ただろう――と言う事を思い知らされた時程、腹立たしい事はない。当然、その怒りの矛先は自分に向けられる訳で、その時のストレスは二日酔いよりも長引いて、心身ともにダメージを齎す。

 だから、手元に多少ゆとりがある時、幾らか当てがある時にはためらわず買ってしまう。そうして(多少の無理を強いて)購入した場合、大抵はハズレがない。但し、それは古本に限った場合である。

 

 ヘブライ語辞典の編纂者、ベン・イェフダーが、自ら収集した言葉を記録したカードはその一つ一つを非常に大切に扱っていたというが、それも専ら、上の様な理由からに違いないだろう(田澤耕『〈辞書屋〉列伝:言葉に憑かれた人びと』/中公新書)。

 というのも、記録自体は、実際、どの記録・どのカードがどれくらいの価値を持つかは、収集した時には分からないもので、うっかり失くした一枚の損失が後になってどれ程のものになるかも同様に分からないからだ。『ここで会ったが百年目』という表現は聊か乱暴かも知れないが、気持ちの上では、そのように常に構えていた方が、アンテナに引っ掛かるものも多いのだろう。

 

 釣り上げた魚が予想外に大物で、然も自分がずっと求めていたものに合致するものであった所為で、かなり自慢も交じってしまったが、以下本題に移っていこうと思う。

 とはいえ、自分の様な人間が気が付く程度の内容であるから、当然、此の程度のことは、世間一般に既知のものであって、とっくに人口に膾炙しているだろうものを自分は、よくも確かめもしない内に自分の創作として発表する事だけはせめてもしないように注意したいと思う。そして、予防線を張ると共に、今後、改めて機会を見つけ次第、適宜直していきたいと思う。

 今回の記事は経過報告と言うべきだろう。書きたい物を書いただけで、何と呼ぶにも此の侭では中途半端である。

 

――1

 去年の3月頃からずっと、押井守の“問題作”『天使のたまご』(1985)の批評を試みようと思っていたものの、手掛かりが余りに乏しい為に是まで放置せざるを得なかった。

 昔から『取り敢えず、体を動かす』事に抵抗を感じる自分にとって、是と言って目当てもなく書店と書店とを彷徨い歩くという選択肢は、懐に余裕があって、多少はそれによって自信が持てる場合を除いては、選びようのないものであった。

 取り敢えず、手なり足なり、体を動かそう――という発想は、取り敢えず、ムカついたら目の前の相手を打ったり蹴ったりする輩が自分を正当化する為に用いる屁理屈と似通った印象を感じる。見込みもなく、考えもなく、何らの保証もないのに、体を働かせるのは、文字通り理不尽である。

 

 「如何してそんな事をしたのか・しているのか?」と問われて、その理由さえ答えられないような状況で、一体、何を「する」事も出来よう筈がないと自分は考えるのだが、そうした自分の意見が、世間一般では『サボる言い訳』『負け犬の遠吠え』、正しく「屁理屈」と捉えられるらしい。

 少しでも金が入ったら直ぐに本屋に行って本を買い漁る自分は、世間一般では、居酒屋で日銭を使い果たすホームレスと大差ないのだろうが、実際、そんなに大差ないと思う。そして、そんな自分の先輩は、例えば魯迅の小説にも出て来る。延々科挙の受験に落ち続けるアル中のロクデナシがそれである。

 本来、こうしたロクデナシは自ら筆は執らず、その零落を大家に描かれて初めて浮かぶ瀬もあるのであり、語られてこそ歴史に名を遺すものである。セルフ・プロデュースなんかしてもロクデナシは潰しの効かないロクデナシなのだ。

 そうは言っても、やぶれかぶれながらも古書店を巡る内は、未だ自分自身に対して一抹の期待は潰えていないのである。けれども、もう自分がそう若くない事や、世間一般にはもう、ロクでもないゴク潰しである事を、今にも裂けそうなビニール袋を提げながら帰る深夜の道すがら自覚させられた時には、車の前に飛び出す気力も失われる。そうして、死にもしないで何をするのかと言えば、家に帰って大人しく、風呂に入って、着替えて、ホットミルクを飲んだ後、歯を磨いて布団の中に入るのである。(電気代を節約する為にエアコンもストーブも点けずに)布団の中は割合直ぐに温まるもので、その暖気の中で早くも煩わしい世間の雑事は、そろそろと枕元に遣って来る眠気と入れ代わり立ち代わりに遠くへ行ってしまう。

  

――2 

 325

卵に頬をつけるようにしてコックリしている少女

 

少年(off)

「何か聞こえるのかい?」

 

少年の声でハッと醒めて

顔を上げ

 少年の方を見て弱々しく微笑み

 

体ごと卵を抱きよせるようにして

 再び耳をあてる

 間あって

少女

「聞こえる……小さな息をする音」

 

少年(off)

「それは君の胸の音だよ」

少女

「羽の音も・・きっと空を飛ぶ夢を見てるのね」

少年(off)

「それは外の風の音だよ」

 

再び眠りにひきこまれながら

少女

「もうじき…今はこの中で夢を見てるけど…あなたにも見せてあげる…もうじき…。」

 

(「天使のたまご 絵コンテ集」(押井守、イラスト/天野義孝、2013年、復刊ドットコム)、p128-129)

326

凝ッと前方を見つめている少年にかぶせて

少女「だからそれまで…ここに・・ここは雨も降らないし・・暖かくて」

 

 (同、p129) *引用文冒頭の3桁の数字はカット番号

 

 Twitterの140文字に思い付きを纏めたり、絵を描いて写真を撮ってそれに単語を添えて投稿して、其れが星の(今は下品なハートマークになってしまったが)幾つかでも貰えたら、と期待するのもいいが、それで何かを成した気になったとしても、それは所詮、自分の内面的な変化でしかなく、自己啓発でしかない。

 然し、凡そ全て「外部」が所詮は、自己という殻の内壁に投影された映像に過ぎないと考えるならば、ありとあらゆる感覚は「ウロボロスの竜」よろしく、自分自身を刺激して得られるものと解釈する事も出来るだろう。然し、その様な永久機関があり得るとしたら、一体それが独りでに動いている事を、観測者はどの様にして外部から確かめる事が出来るのか。中に人が入っていて動かしていない事を確かめる方法は、それが不断に稼働している事を示すだけでは不十分である。

 

――3

 監督自身は、絵コンテ集の復刊に当たってのインタビューで、此の作品について、もっぱら当時の自身の技術的な拙さについて述べている。物語の内容については、天野義孝がデザインした少女の絵を見て、是に寄せて物語が大きく改められた経緯が述べられている。(2013年5月)

 但し、そのインタビューの中では、一見すると、多くの読者乃至映画の鑑賞者が求めた「答え」が明らかにされていない様にも読める。それは、物語の内容そのものであり、「意味」である。

 だが、その意味を知る為には、先ず「問い」が必要である。意味を知りたいと、欲望するだけでは、意味は手に入らない。答えの言葉を知る為には、欲望に基づき、先ずは問わねばならない。問うて初めて、答えに至る道筋に就く事が出来る。自分で問題を導き得ない内は、実の所、何を求めているのか、自分でも未だ、分かっていない場合が往々にしてある。問うて初めて、自分の求めるものを知る事もある。

 物事を適切に説明する為にはまず、適切な問いを立てる必要がある。

 

199

バタバタと走る音

 湧き上がり

ハッとふり向く少女

 

200

無意識に少年に身を寄せる

二人より急速にT.B

 

ダダダ…! と

 走り抜ける男たちのシルエット

 

 (同、p88) 

 

203

少年のマントの中

 すがりついている少女

少女「魚が出たのよ!」

 

 (同、p89)

205

ひしとしがみついたまま

少女「どこにもいないのに、追いかけたって魚なんてどこにもいないのに!」

 

(略)

 

 (同、p90)

 

天使のたまご』という映画の中では、街の中を泳ぐ魚・影の(乃至、影・魚の)と、その影に向かって銛を投擲する男達が登場する。

 よく知られた話ではあるが、此の「魚」は言葉のシンボルとして描かれたという説がある(NHKBSアニメ夜話機動警察パトレイバー』の回で、岡田斗司夫が、当時押井の元を出入りしていた貞本義行から聞いた「ここだけの話」として紹介している)。然し、例えその説が正しかったとしても、その魚が「言葉」のシンボルであると知った所で、如何して物語の中でそれが登場したのかを、観客は理解出来る訳ではない。 

 多くの場合、「問う」事と「欲する」事は混同されている。魚が言葉のシンボルである、という事実は物語とは直接関係がない。然し、その事を知った上で映画を観ると、何か「分かった」気にはなる。丁度、それは映画の中で、男達が魚の「影」に向かって銛を投げて、獲物を捕えられると錯覚している(ように見える、というに過ぎないのだが)さまと相似形を成すかのようである。相手の事を何か分かった積もりになって、一方的に親近感を抱く、或いは何か優越感を抱くのと然程、そうした行為は変わらない。

 ただ、飽くまでも、映画の中で描かれている男達は、銛を投げている事以外は、不確かであり、彼等が狙っているのが「魚・影の」なのか「影・魚の」なのかは、映画の演出からは不明である。

 然し、確かな事はもう一つあって、それは魚が「どこにもいない」事である。無論、それは少女の見解であって、もしかしたら目には見えない(少女にとっても、観客にとっても)魚がいるのかも知れない。だが、見えているものは、影しかない。

 

 

――4

 作画のテーマは「正確に描くこと」ではなく「感覚の再現」であるとする宮崎駿の見解に対して、押井守はそこに「身体が立ち現れる」かどうかがテーマであると、前出のインタビュー中で彼は述べている。

 ここでいう身体とは、存在なのか?

 押井は、「存在感を出すためだけに動かしている」とも述べている。但し、その後に、「感覚の再現」ではないと主張しているから、それは存在自体を出そうとしているのであろう。

 ただ、それは作画――アニメーションでは不可能であるのかも知れない。というのも、アニメーションで可能なのは「表現」だからだ。表現としてスクリーンに出力されるものは、その記号が意味する意味それ自体ではない。存在を表現すれば、存在の記号が表示されるのであり、存在それ自体は隠れてしまう。存在が現れる為には、それが表されてはならない、という困難が伴う。

 動いている身体は一枚一枚の絵では表せず、不完全なそれらが繋ぎ合わさって出来たものから「立ち現れる」身体は、果たして存在ではない。

 

 小林秀雄ではないが、「存在が身体している」ようすを描いてみた所で、それは「身体している存在」の画である。

 だが、仮に画家が、存在が身体しているようすを描きたかったのであれば、画はどれだけ彼が努力した所で彼の望む通りには仕上がらないだろう。

 

 映画の中では、どれだけ銛を投げようとも、魚はそこには居ないとされる。

 だとしたら、存在が身体しようとしているさまを描こうとする人の試みは、決して達成されないだろう。所詮、どれだけ足掻こうと、もがこうと、立ち現れるものは、身体であり、存在ではない。影であって、意味それ自体ではない。

 

 

――5

 「身体」という、押井監督の問題意識の“類型”は、例えば、漫画家のつげ義春にも見出すことが出来ると思う。

 つげが1968年に発表した代表作「ゲンセンカン主人」は、ある鄙びた湯治場を訪れた男が、そこに以前からいる老人たちから、彼「が」旅館・ゲンセンカンの主人にとてもよく似ている――と指摘される場面から始まる。

 此の作品も、「天使のたまご」と同様に、ファンの間では根強い人気を誇るらしいが、皆目、真面な解説というものが為された試がない。というのも、やはりそれは、内容自体が難解である、というよりかは、物語自体が、内容足りえない――本来「現す」べきところを「表」せざるを得ない――技術的困難から来る難解さが原因として考えられる。批評しようにも、批評家の方も、物語のテーマを、物語自体から取り出す事が困難なのである(其れは、正に、魚の影に銛を投げるような行為であり、投げた先には何時も、魚はいないのである)。

 さて、この「ゲンセンカン主人」という作品についてだが、つげ自身は、自作について、かなり自覚的に内容に取り組んだと述懐している。そして、物語の中では、前世と現世の因縁を説く老婆が、前世なぞないと言い切る男(ゲンセンカン主人、主人公の男が瓜二つだという)に対して、もし前世がなければ、今生きている自分たちはまるで、幽霊ではないか――と恐ろし気に語る場面が描かれている。

 

 前世の因縁が、来世である所の現世に反映される――という発想自体は随分人気があるらしく、その事は昨年2016年に大流行りした映画の興行収入が示した通りであろう。

 新海誠の「君の名は。」がヒットした最大の要因は、「何故、自分が存在するのか?」という問いに、「前世からの因縁」という非常に古典的かつ安直な答えを提示したからであろう。是によって、人々は、ゲンセンカンで湯治をしている老い先の短い老婆の様な不安に苛まれる事のない、幸福な思考停止状態に陥ったのであろう(果たしてその「おまじない」の効能は、どれ程効果を発揮し得るかは、つくづく見ものである)。

 

 遡れば、戦後は1960年代後半から、既に自覚的な問題として顕在化してしまった、此の手の実存的不安から逃れる術は、実際何処にもないのである。

 戦前に於いては早くも、1920年代には既に立ち現れていたが、その問題が、果たして真剣に取り扱われたならば、戦後という言葉は恐らくありえなかっただろうに思われる。また、「前世」と同じく、「終末」もまた便利な言葉であり、「決戦」、「最終戦争」、「ハルマゲドン」といった言葉は、真剣に此の問題に立ち向かう事を拒む人々にとっては、例えその結果としてどれだけの代償を払おうとも、『取り敢えず、何もしないよりはマシ』という発想から、暴力的選択肢を採るのだろうとも考えられる。彼等からすれば、所詮、未来がバラ色だろうが、真っ暗だろうが構いやしないのである。彼等は、自分の過去を「暗黒時代」「黒歴史」として恥入って、自らの口に閂を掛けるだけの羞恥心はないのである。仮にあったとしても、彼等はその恥を知るを事を決して望まない。というのも、気が付いてしまったが最後、その恥や罪を雪ぐことは決して叶わないからである。気が付かなければ、ないも同然である――と、彼等は考える。だが、それは人と成っては、手遅れである。『有りの儘の姿を見せて生』きていけるのは、ヒトデナシだけである。

 閑話休題

 

 

――6

 偶然と必然の問題について寺田寅彦が議論していたのが1930年代であるから、もう大分前の話である。円城塔の師匠に当たる、東大の金子邦彦が「カオスが紡ぐ夢の中で」という本の中で此の寺田寅彦の「物理学序説」を紹介したりしていたが、Amazonで検索する限り、単体で新版が出た形跡は確かめられない(2017年1月9日現在)。

 

 「天使のたまご」という作品の根底にあるだろうと思われる問題意識は、「胡蝶の夢」から延々続くものである。

 自分と言うものが此処にいる確からしさを担保する理由や由縁が失われたり、損なわれたりした後、如何にして「身体」を取り戻すか――。此の問いを発する事無く、或るは、無視して「天たま」を「観る」事は難しい。

 

――7:一旦の終わり

 1999年に放映された「serial experiments lain」も、此の系譜に連なるだろうと考える。そして、リアル・ワールドに於ける「玲音」と、ワイヤードに於ける「レイン」の乖離を、分裂病や統合失調症と絡めて、精神分析の見地から語る事が出来れば、「アリス」以降の20世紀初頭から続く、ナンセンスを巡る運動との連関も語れそうだが、兎角この辺りは込み入っているし、其々が大分の分量の文章になりそうなので、正直、今年いっぱいで終わらせられるかも不明で途方に暮れてしまう。

 

 中二病と言うよりも、5歳児が夜中に眠れなくなって泣き出す原因でありそうな問いと、これを忘れようとして、取り敢えず手を動かし・体を動かし、忘れようとする暴力的な衝動との関係を、「天使のたまご」という映画は描いている様に思う――というのが、一先ずの現段階で無理に約めた自分なりの見解である。

 

 取り敢えず、見取り図は未だ大分、しわくちゃだが広げられたと思っている。

 

308

君も僕も、あの魚たちのように

とっくにいなくなってしまった人たちの

記憶でしかなくて

本当は誰もいない世界に

雨が降っているだけなのかもしれないんだ。

…鳥なんか始めからいなかったのかもしれない。

 

(同、p123)
 
 

思い付きまでに

 ようやくまた、(多分これで最後の)好機が到来したと思われるので書く。

 

 到頭、今度こそ、映画『虐殺器官』が公開されるそうである。しかも、来月の3日、節分の日だそうで、随分急な話である。(自分が知ったのは、つい2、3日前である)

 

 お世話になった人との約束で、提出するはずだった伊藤計劃に関するレポートの締め切りは、暗にではあるが、『Project Itoh』三部作が公開される(はずだった)2015年の暮れまでだった。

 でも、「いつまで」という約束はしていなかったし、「どれだけ」「どんな風に」とも制約は一切設けられず、自由に書いていい――という事だったから、別に年明けでも、去年の内に書いてしまえば良かったのだが、去年はずっと心身共に優れず、書く事が出来なかった。

 

 『虐殺器官』の公開が延びに延びたのは、自分にとっては幸いであった。そうして、何とか公開にまで漕ぎつけられたらしいのは、実に目出度いと心底思う。

 2015年と2016年の丸2年間は、学業さえも丸で手が付けられなかった。ようやく人心地ついて来たのは、年度が改まり、居所を移してから更に一年近く待たねばならなかった。

 

 健康状態の回復するまで、半ば療養する気ではいたが、しかし公然と開き直るだけの自信もないままに漫然と過ごす間に間に――というと、何だか作品に対して失礼かもしれないが――、自分なりの語り口や、話の端緒を見付ける事が出来た。

 折から、ぼちぼち、筆を執る気力も回復してきた矢先、こうした嬉しいニュースが飛び込んで来たりすると何やら縁があるようにも思えてしまう。

 

 イタリアの小説家で哲学者のウンベルト・エーコが亡くなったのを知った時、自分は転居前で、別の先生からお借りした、ドイツのヤーコプ・グリムの思想史に関する本を読んでいた。

 去年の4月や5月頃は、その借りた本に触発されたりして、伊藤のレポートの代わりに、グリムやエーコのレポートを書こうかと考えていたが、結局、年が変わって、今はまた戻って伊藤の作品を読み直したりしている。

 

 エーコは自分の死後10年は自分に関する批評を止してくれるよう、遺書に認めたらしいが、其れと知らずに自分は故人の意思にそぐったらしい。

 兎角、今度こそは3度目の正直で完成させたいと思うばかりだ。

 

 出来たら公開日に間に合わせたいが、全部は書き切る事はスケジュール的には厳しそうで、けれども一先ずは、外観だけは書ききってしまいたいと思っている。

 当座、2月と3月とそれぞれ、手を加えながら書く予定である、

 

 

手几

 中国語で携帯電話を「手几」と呼ぶそうだ。電車内の優先席辺りに掲示されていた注意書きにそう書かれていた。

 几とは机の略だそうだ。然し、日本とは異なり、机はマシンの意味があるそうだ。例えば旅客機は「客机」と書くようである。差し詰め、日本語の「機」に当たるのではないかと思う。

 辞書を引くと、他に用例として「打字机」(タイプライター)、「收音机」(ラジオ)が紹介されていた。イメージとしては、何れも日本語の「つくえ」の語感に引き摺られて、机の上に置かれて、割合事務作業に縁の有りそうなものだから「机」の字を充てているように思ってしまったが、そうではないらしい。飛行機は事務机の上で離着陸は出来ない。

 

 「事几(机)」と書いて、情勢、事を行う時期、更に其処から機密事項という意味があるそうだ。「机」はチャンス(「时机」)とか、何か物事の変化の契機(「转机」転機の意)を表す字であるらしく、意味としては「機」や「期」に近いのかも知れない。

 とは言え、表意文字は其の音と表している姿形の両方とが意味として伴う点にややこしさがある。「手机」の場合も――これは筆者個人だけかもしれないが――胸ポケットに小さく収まった学習机のイメージが容易に払拭し難い。

 

 調べている内に面白いと思ったのは、同じく携帯電話を意味する、「大哥大」という呼称についてであった。

 此方は用例として白水社の中国語辞典に紹介されていた文章が『手提大哥大,腰挂BP机。=手には携帯電話持ち,腰にはポケットベル下げる.』と言ったものである事からも分かるように、随分と前に用いられていた愛称の様である。

 「ケータイ」が「ガラケー」と呼ばれるようになったのは、2010年頃の様に思われる。2010年の自由国民社流行語大賞で「ガラケー」は「本田」や「リア充」と共にノミネートされていた。

 此の頃、「大哥大」という言葉が紹介された例としては、小栗左多里のエッセイ漫画『ダーリンは外国人』シリーズがあったと記憶している。2002年から続く同シリーズの何巻かは忘れてしまったが、初期の三作品中のどれかだったと思うから、2002年から2005年に掛けてであったろうに思われる。詳しい事はより丹念に調べてみないと迂闊な事は言えないが、「エッセイ漫画」というジャンルは1980年代の終わりから90年代に掛けて勃興し、2000年代に於いて同ジャンルを代表する作品例として数える事が出来ようこのシリーズが累計300万部を超すヒット作となった事を考えると、其の「口コミ」効果は尋常ならざる影響があったとみて妥当だろう。

 此処で言及したい事は、「大哥大」に対応する語として日本語の「ケータイ」が当てられ、然も其処に同期性を見出し得る例が、2000年代前~中期にかけて存在する、と言う事実である(稍言い過ぎな感もあるが)。

 時間的・空間的隔たりによって、言葉は伝播する内に、其れが差す対象自体が変化してしまう事が往々にしてあるものだが、2000年代前半に於いては既に書物の中でも、同時代的な指標を見出す事が可能である例を此処で一つ紹介したつもりである。

 

 先に参照した白水社の辞書の解説には、「大哥大」という呼称は、香港映画の中でマフィアのボス(=大哥大)が携帯電話を手に持って、手下の者に指示を出すシーンから生まれた言葉である紹介されていた。だとしたら、是も一つの流行語の一つとして捉えても余り問題はないだろうに思われる。

 因みに、「手机」と同じページに収録されている携帯電話を意味する「移动电话」という語は、別の辞書だと「セルラー電話」と訳されていた。恐らくcellular phoneの直訳だろうが、是は正しく「ガラケー」の事を指している。猶、「スマホ」という呼称は「ガラケー」(或いはcellphone)と区別する為の呼称である。

 cellphoneは、二枚貝(cell)に似た形状である事からつけられた名前である事を鑑みると、確かにスマホをcellphoneと呼ぶのは、聊か語弊があるかもしれない。然し、機能的には「スマホ」も「ガラケー」「大哥大」の延長にある事を考慮すれば、譬え二つ折りに出来る機種では既にないにとしても、言葉の由来・系譜的にはcellphoneと呼んでも何ら奇妙ではないだろう。

 

 或るブログの2013年の記事では「智能手机」と書いてスマートフォンの意である、と紹介されていた(http://plaza.rakuten.co.jp/xiexienihao/diary/201306080000/)。また、2011年にはyahoo知恵袋で、スマートフォンは中国語では「智能手机」というのだ、という回答がベストアンサーに選ばれていた例もあった。(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1057909765

 スマホを英語で何というのか、という問いに対して、cellphoneと呼ぶのだ、という回答が寄せられた例が今年(2016年)にも確認されている。

http://eikaiwa.dmm.com/uknow/questions/2719/

 社内の注意書きが英語で何と書かれていたかは忘れてしまったが、中文では単に「手机」とあった事を鑑みると、取り敢えず、其の語に該当する機械の操作は遠慮して欲しい、というメッセージは伝わりそうなものである事は如何やら今の所は未だ、確からしい。

 

 翻訳という作業に於いては時間差の弊害は如何ともし難く、或る時点で充分だった翻訳が、其の信頼性が数年後にも保たれている保障はない。

 最近では専ら人工知能による解析なども進んでいて、どんな言葉がどれくらい使用され、どの様に使われているのかも全部検出してくれるようだが、そうは言っても言葉を用いるのは人間である事には変わりがない。だから、詰まる所、どれだけ意味を検索するのに便利なツールが出て来た所で、最早誰も其の来歴というものを知らないで使う様になってしまっていては、自ずから其の言葉は時間的に翻訳出来なくなって仕舞う。幾ら辞書が語源を記憶したりしていても、抑々語源があるという事さえ知らないで言葉が使われているような状態が続くと、辞書というツールそのものが用いられなくなる可能性さえある。

 但し、其れは飽くまでも、意味の時間的連続性、言い換えれば言葉の同一性を知ろうとした時に直面するだろう障害であって、単に現在どんな状態にあるかだけを知りたい人にとっては、然したる益もなく、益もなければ全く不便もない関係ない障害には違いない。

 

 特にオチはない。

 

 

パプリカ

 

今敏の『パプリカ』を観て、パプリカには香りがあると言う事を知った。思い出せば、ああ、あれがそうなのか、という程度の印象だったが、映画を観てから殊更、サラダに乗っかっているのを見かけて意識するようになった。

映画を思い出すから、それで香りが意識される。心当たりはあるものの、それには余り自信がない。

今朝、鳥の中華風あんかけを食べた。

パプリカかと思って食べたら、赤ピーマン(完熟ピーマン)だった。

本当はパプリカでもよかったらしいのだけれども、赤ピーマンが安かったので買って来たのだという。

食べ終わってから、自分が赤ピーマンとパプリカをちゃんと区別した事に気が付いた。去年の今頃は、何の気なしに食べていたから、パプリカだと思って食べる事もなかった。

赤ピーマンの香りもこれまでも嗅いだ事があったに違いないが、ピーマンと混同して、気にしていなかったのだろう。そして、今朝食べたピーマンの香りというのは、パプリカの香りを意識していなければ分からなかったに違いない。

振り返ってみた所、ピーマン・赤ピーマン・パプリカの三種の香りを自分はそれまで殆ど区別していなかった。

 

『パプリカ』を経由する事で基準となったパプリカのお陰で、漸くこの歳になって三つの香りが区別出来るようになった。

相対的に比較するだけでは漠然としない関係性も、要素の何れか一つを選んでそれを基準にしてみると、随分と見通しが良くなるみたいだ。