はてしないひらひら

尾ひれは沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

異世界の風(転載)

「遠くへ行きたい」という欲動は、文学の深淵から絶えず吹き上がる突風である。 ところで、そんな欲動とは別に、その場に留まろうと欲する気持ちもまた、地上には存在する。 上野のパンダの檻の周りを想像してみれば能くそのことは分かるだろう。 早く見たい…

ヤンデレ研究(3)――「みーまー」

漸く、ここからが本論の様な気がするが、しかし肩肘張ってやろうと思うと失敗しそうなので、あんまり意気込まないように気を付けたい。 先の空虚な器という話は、入間人間の「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」に於いては「みーくん」という名前で登場する…

ヤンデレ研究(2)――「ポンペイ夜話」

前回の続きだが、「菊花の約」で武士がヤンデレ臭い、と筆者が述べたのは、友人との約束を守る為とは言え、それを守る上で武士らしさを追求した点にある。 そこで、今回からは「らしさ」という観点から、ヤンデレ(者)について考えていきたい。 また、今回…

ヤンデレ研究(1)――「青頭巾」「菊花の約」

「痘痕も靨」というのは、決してヤンデレ状態にある人――以下、ヤンデレ者という――を揶揄して言っている訳ではなかろう。 では、ヤンデレ者とは何者で、どんな有り様なのだろうか? 無計画に、研究してみようと思う。 今回は、上田秋成『雨月物語』の「青頭巾…

鍋で食う映画

ティム・バートンの映画『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を見た。偶々、有線放送でやってたから観たが、そうでもなかったら観ようとも思わないジャンルの映画だったので、存外新鮮で素直に面白かった。観ようと思って観た訳ではなかったから、深く考…

まことオルフェの首

(G.Moreau,1865) アニメ『スクイズ』最終回、最後のシーンはギュスターヴ・モローの手による『オルフェウスの首を抱くトラキアの娘』(1865)のオマージュなのだーーと見立てられたなら、差し当たりその生首がカバンの中から文字通り顔を覗かせる唐突な登場も…

ヤンデレ考

2000年代後半に、専らアダルトゲーム界隈のスラングであった「ヤンデレ」は、アニメ『スクイズ』の一件から、2010年代初頭にかけてじわじわと或る層に水平的に伝播していった、と考えられている。 語の発生時期自体は、2000年代の前半であると考えられており…

雑・輿水幸子と口裂け女

口裂け女の 「ワタシ、キレイ?」 と、輿水幸子の 「ボク、カワイイ」 には、雲泥の差があるようで実はないーーというのが筆者の見解である。 カワイイにしてもキレイにしても、それは他者から下される価値である。 鏡という道具が身近にあると、つい忘れて…

錬金術とルサンチマン

未来志向の空想科学があれば、過去志向の隠秘学、錬金術がある。暗澹たる未来世界も、旧き佳き時代という幻想も、共に現在に対する深い失望に起因している。即ち、現実の延長線上にある可能性としての未来は碌なものではないし、少なくとも過去に於いてはこ…

戸山の壁について

今朝方の夢についてである。 今では「東京駅」と呼ばれる、一帯の地域について、嘗ては「戸山」と言ったそうである。 「戸山」の後、「戸塚」に変わったそうだが、これは横浜の地名と被ると言うので、再び「戸山」になった。 訪ねた時、壁になっていた老人か…

地上波初放送に寄せて

現実と虚構を論じるために、その両者を論じる前提となる、共通の「場」が必要である。 ならばーーと、その場の性質について、考え始めて早くも一年が経過した。 『シン・ゴジラ』の話である。 何をか言わんとしてはその度に失敗する。言葉足らずは相も変わら…

たわわ考

目の前に道がある。そして、今正に、その「とうげ」に差し掛からんとしている。 「とうげ」とは「さか」の頂であり、「さか」とは盛り上がった丘のことである。「とうげ」は、「さか」の、上りと下りをへだてる境である。 「とうげ」は、登る時「たお」と呼…

自分は丸で信じちゃいないが、ひとに因果応報を説いた前科がある。そのしっぺ返しを、自分は今か今かと待ち構えている。 人を呪わば、穴二つとはよく言ったもので、今じゃ自分の方が、嘗ての苦労が報われる事を期待して止まない。 初めは信じておらずとも、…

本町

県庁での用事を済ませた後、帰る前に一服しようと思ってベローチェに入ったら、鈴谷がいた。 一瞬、何故と戸惑ったが、案外、平日横須賀からも来るのかも知れない、と思って気を取り直して、入り口近くの丸テーブルの上に荷物を置いた。然し、落ち着かなかっ…

三本目の万年筆

家に帰り机に向かい、先ずする事と言えば抽斗を開けて懐中時計のネジを巻く事であったりする。 学生の手に届く値段の機械式なものだから、購入してから半年でもう既に大分、抵抗が少なくなってしまっている。 パワーリザーブの表示がある――と言えば、もう何…

映画の感想:『虐殺器官』(2017)

(2017/2/4:加筆修正:2017/2/5) 1 昨日『虐殺器官』をみた。ああいう仕様なのだと思ってみた。初めてハヤカワ文庫を読んだ学生のイメージ映像を観ているようだった。でもそれが良いのだろうと思った。 伊藤計劃作品の入門編としては、いいのかもしれない…

おおまかな見取り図:『天使のたまご』を巡る状況について

――0:発作的な書き出し 偶然と言うものには全く感謝しなければならない。 元日以来、十日に渡って近所の古本屋を一人で渉猟していたところ、今日になってようやく「収穫」と呼べそうな本を手に入れることが出来た。普段から、習慣として運動をしていないと…

雑記:ゴジラというアイドル【批評『シン・ゴジラ』】

ありえないものも、言い難いものも混在しているのが現実で、何もかも説明出来てしまうようなものは虚構である。 アイドルは必ずプライベートがある。 プライベート、すなわち、語り得ないものがあるからこそ、夢として、表象としてこの世に姿を保っていられ…