はてしなきひらひら

尾ひれが沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

火伏せの箱

昔聞いた話で、なかなか面白いから裏を取ろうと思ったものだが、何せ現地と遠く離れてしまっているから、調べるのも一苦労で結局放置しっぱなしだったりする。 しかし、内田百閒のエッセイを読んでて、ふとこの話の原型を見付けたような気がして、以来気にな…

土用丑の日のチョコレート

1 夏場暑いとチョコレートは美味しくない。 一度溶けて、またほっといて固まったチョコレートは脂肪が分離して美味しくないと感じるらしい。 一昔前は、大抵、どの手提げ鞄の中にも飴玉とチョコレートは入ってたものだが、決まってこれらの菓子は何度も融解…

カニの背中

器用なカニは巻貝みたいに迫り出した台形の背中に次々と結晶様の色とりどりなキューブを載せていった。 大きなカニと小さなカニがいて、大きな方も体長は3センチほどで小さな方は1センチにも満たなかった。 余りにも巨大な人の指には気付かなかったようだが…

心よ原始に戻れ(1)【私的大砲考(1)】

* 念のため、続きモノです。コレで完結する訳じゃありません。悪しからず。 1 陸軍で頭の古い人のことを「青銅砲」というが、その青銅砲は鳥羽伏見、西南、日清戦争というころの大砲だから、とても古いものである。日露戦争にも一部では錆の浮いた青銅を引ず…

【募集】カッコーの弁護人

自分はカッコーが嫌いである。何が何でも、嫌いである。兎に角、ひたすら、嫌いである。 アレは何ものも幸福にしない。 余程、悪事を働かなければ、あんなモノに将来生まれ変わることもないだろう。 然し、自分はそんなカッコー鳥の擁護者にあってみたくて仕…

『永遠平和のために』(1)(紙震楼雑記)

(1) カントの永遠平和論を読みながら、何か書こうかなと思って一年が経とうとしている。 いかんせん、筆が遅い上に、生活の平穏が常に刀の刃を渡るような状況だから、丸で取り組む余裕がない。その癖、毎日コーヒーは飲んでいるが。 毎日手柄杓ならぬハンド…

自殺未遂とかの感想

自殺しようと思って実際、試みたのは十八の時の一度きりで、後で「死ねばいいんだ」と思ったことはあったが、ポジティブに、意気揚々と死のうと思ったことは一度もない。 他人の話を聞いていても、正直、自殺を思い立った経緯くらい、他人からして如何でもい…

カバン

何かと言えば誤解され易いのだが、私は本好きではない。読書は好きでもないし、嫌いでもない。必要があるから、好ましいから読書するに過ぎぬ。学業が好きという訳でもない。ただ物を知らないというのが恐ろしいから勉める許りである。 本なんて重くて嵩張っ…

それいけ! ルサンチマン 【月に行く道程(1)】

1 「私を月に連れてって」 といえば、相手がその沽券にかけて送り届けてくれたのも今は昔の話。 別に、そう意地はる理由も、よくよく考えてみたら特に無し。月に行って何になる。別にチーズの塊でもなかろうが。 大金塊が埋まっていようとも、それが誰かの金…

「神対応」

神対応は、人を人として扱わない。対応する側は、相手を神として扱うからである。 甚だ失礼な話である。一方で、神対応を受けたとして、相手を称賛したりする人は、自分が神になったと勘違いしているのか、或いは、目の前にいる人が神である、と感じたのかも…

三本目の万年筆

家に帰り机に向かい、先ずする事と言えば抽斗を開けて懐中時計のネジを巻く事であったりする。 学生の手に届く値段の機械式なものだから、購入してから半年でもう既に大分、抵抗が少なくなってしまっている。 パワーリザーブの表示がある――と言えば、もう何…

歳食った

書く事が最早ない、とは言えないのが困難な状況を作り出したのは自分ではない。既に先行する例に憧れ模倣して書くだけなら、其れは未だ書く事があるのでマシである。嘘を吐くのは良くない事だが。 然し書く事がない、という事だけは言いたいというのが妙であ…

嫉妬の効能

嫉妬について 蓋し、嫉妬ほど始末に負えない感情はない、とは三木清も云うところである。 嫉妬は、貧困からやって来る感情である。腹立たしさの中でも、取り分け遣る瀬ない怒りのひとつである。 大抵の怒りは、諦めがつけば治るが、嫉妬の炎は其の「まあいっ…

かたち造ること

一、 九段下の駅から北の丸公園に歩くまでの間の事であるが、友人と話す内に、自分は友人が立てたプランの枠を超えて、好き勝手に遊び始めていることに気が付いた。 それが明白になったのは、旧近衛師団司令部庁舎、現在国立近代美術館の工芸館に立ち寄った…

カレーにルー

ルーのないカレーは、味噌のない御御御付けである。 とはいえ、ルーさえポチャンと落とせば、取り敢えずはカレーっぽさはある。だが、カレーには具があったらなぁ、と考えてしまう。 無論、具無しカレーというのも、考えられるには考えられるけれども、それ…

茶屋の押入れ

夢を見た。長い夢だったので途中は割愛して、部分だけを切り取って話す。ただ、不都合な部分を削ったというのではない。 仲間内の飲み会に誘われて強かに酔った後、帰り道、滅多に会合にも顔を出さない無愛想な連中にダメがらみした自分は、彼ら内の一人に自…

成金チキンナゲッツ

病気なのでひとところに止まることが出来ずに彷徨いている。 アザートホース並みに退屈している。だが、インストゥルメンツが元気に賑やかししてくれている訳でもない。 振り子時計の単調な音も結局、退屈である事には違いない。余りにも真面目過ぎる嫁は苦…

ネバー・エンディング・クソッタレ

1 九時間続きの悪戦苦闘の末、上書き保存の失敗で、文書データが蒸発した。 こう言う時に使うのだろう。 クソッタレめ。 2 普段口にしない言葉だから、使ってみたところであんまりすっきりしない。 もやもやする。 ああ、クソッタレめ。 如何にもならない。 …

蟻の門渡り

1 私は私で、他人は他人。だから例え、自分がガラス瓶の培養液に浮かぶ脳髄が私の全てだったとしても、巨大なコンピュータの記憶回路が私の全てだったとしても、私は人間だ……云々。 だから何だ、そんな事。 並大抵の人間は、そんな事を言ったところで意味な…

バター・マーガリン・マヨネーズ

1 悲しみの向こうへと辿り着いたら其処はジャパリパークであった。 00年代の後半に限界を迎えたハーレムは、バトルロイヤルの末に共倒れと化し、衰退したジャンルはホモ倒れとなった。 ソドムかゴモラか知らねども、そんな辺境の土地の些細な変化とは全く関…

朝肉食

久しく目が覚めなかったのだが、今日に限って八時前に目が覚めた。何のことはない。友人・S氏に起こされたのである。 なじかは知らねど、私はKと漫画を描いていた。彼も自分も忙しくて、仕事が溜まっていたのだが、今度は彼の仕事を手伝う番であった。 自分…

積極的■■主義(試論)

試論 積極的■■主義について (自主検閲・伏字二文字については適宜補われたし) 兎角世間は■■、■■と、そればかりが唯一絶対の真理の如く、それに勝る価値はないという風に申しますが、一言に■■と申しましても、大凡これは積極的・消極的の二つが御座います。…

映画の感想:『虐殺器官』(2017)

(2017/2/4:加筆修正:2017/2/5) 1 昨日『虐殺器官』をみた。ああいう仕様なのだと思ってみた。初めてハヤカワ文庫を読んだ学生のイメージ映像を観ているようだった。でもそれが良いのだろうと思った。 伊藤計劃作品の入門編としては、いいのかもしれない…

ゴジラと貞子、ヤリキレナイものについて

ーー1 現実と虚構のせめぎ合いの中で、モニターの向こう、スクリーンの向こうから観ている此方側へ近づいて来る、映画の中の怪物は、いづれも自己増殖する。 当然ながら、自己増殖する彼らにとって、自己の複製との関係は親子と呼ぶことは出来ない。いづれの…

おおまかな見取り図:『天使のたまご』を巡る状況について

――0:発作的な書き出し 偶然と言うものには全く感謝しなければならない。 元日以来、十日に渡って近所の古本屋を一人で渉猟していたところ、今日になってようやく「収穫」と呼べそうな本を手に入れることが出来た。普段から、習慣として運動をしていないと…

思い付きまでに

ようやくまた、(多分これで最後の)好機が到来したと思われるので書く。 到頭、今度こそ、映画『虐殺器官』が公開されるそうである。しかも、来月の3日、節分の日だそうで、随分急な話である。(自分が知ったのは、つい2、3日前である) お世話になった…

手几

中国語で携帯電話を「手几」と呼ぶそうだ。電車内の優先席辺りに掲示されていた注意書きにそう書かれていた。 几とは机の略だそうだ。然し、日本とは異なり、机はマシンの意味があるそうだ。例えば旅客機は「客机」と書くようである。差し詰め、日本語の「機…

パプリカ

今敏の『パプリカ』を観て、パプリカには香りがあると言う事を知った。思い出せば、ああ、あれがそうなのか、という程度の印象だったが、映画を観てから殊更、サラダに乗っかっているのを見かけて意識するようになった。 映画を思い出すから、それで香りが意…

馬の尾

セーラー服のおさげ髪はいなくても、ポニーテールを下げた長くつ下の集団にはしばしば遭遇する。 個体識別が出来ないので普段から、一把一絡げに群として認識していたのだが、よくよく自分の置かれた立場、観測者としての地位を検めた所、多分、そう見えて「…

ミネソタより (1)

自分の今の状態は、よちよち歩きの子供が恐竜の卵を抱えて歩いているようなものだと思う。 これはどうにも暖めるのに一苦労も二苦労もしなければならないものだとは思うのだけれども、悲しいかな、いつもこればっかりに熱をあげる訳にもいかず、レジの前なり…

「無題」【紙震楼雑記五】

1 『腸で考える女』なる海外のSF小説を発見して帯を見た。 或る女が、手術によって、腸という感覚器官に入って来たもの消化をする過程で、これまでなかった刺激を得て生きる「腸人間」(此の訳を思い付いた訳者は非常に得意げなのではないか、と思う)と…

塾と大学【紙震楼雑記四】

夢で見たものの断片的ないくつかの記録 1 九十年代風というのが何と言えば伝えられるのか分からない、なんて考えている内に自分が通っていた小学校の廊下に出た。歩いてみると、バカに長い。立川のモノレールの橋桁の下の、高松方面までのだだっ広い、壊れ…

「梯子外し」【紙震楼雑記、二】

門前の小僧『習わぬ経は読めぬ』 1、 他人の真似事でブログなんか始めて何ぞ楽しい事があろうことかと思えば、特になし。 とは言え、足腰は確かに萎えた。それはそうだ。仕事もしないで日がな一日部屋に籠ってキーボードをたたいている。 何ぞ、面白い事な…

雑記:ゴジラというアイドル【批評『シン・ゴジラ』】

ありえないものも、言い難いものも混在しているのが現実で、何もかも説明出来てしまうようなものは虚構である。 アイドルは必ずプライベートがある。 プライベート、すなわち、語り得ないものがあるからこそ、夢として、表象としてこの世に姿を保っていられ…

紙震楼雑記

一、 大伯母の、形見の扇の夢を見た。 扇は、大きな白い、襟巻きをした白蛇になって傅いていた。 扇の襟は白いダリアの花のようで、蕊を押しやり開かれた、顎はゆっくりと、一枚の大きな舌の様に突き出され、ぱたりと閉じた。欠伸であった。 自分は到頭観念…