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はてしなきひらひら

尾ひれが沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

塾と大学【紙震楼雑記四】

 夢で見たものの断片的ないくつかの記録

 

  1

 九十年代風というのが何と言えば伝えられるのか分からない、なんて考えている内に自分が通っていた小学校の廊下に出た。歩いてみると、バカに長い。立川のモノレールの橋桁の下の、高松方面までのだだっ広い、壊れた遠近感が漠然と広がっている、そんな所に壁を突っ立てて丸で映画のセットみたいなものが出来上がっている。

 其処を教職員が往ったり来たりしている。狭い道幅なのにトロッコ列車まで走っている。上下線とも揃っているらしく、昼時の喧騒が廊下には満ち満ちていた。

 「飯はどうするんだ?」と同級生の成れの果てらしい作業員に聞かれて戸惑った。

 戸惑う内に自分の選択権はすっかり奪われてしまった。

「早い者勝ちだ」と、少し老けたひとが笑いながら白いご飯しか載っていない黒い容器を持って行った。如何やら、上に載せるデミグラスソースの掛かったオムレツは前方車両の荷台に載っているらしい。

 自分は食堂に行くつもりでその場を離れた。いつの間にか作業着を着ていた。多分、自分も彼等と一緒に食事をする気でいたからに違いない。

 線路を跨いで窓際に出来た隙間を歩いていると、今度はキャバレーみたいな場所に出た。平べったい、菓子折りの箱の中に入った様な気分だった。何故だか知らぬが、平たい天井に反して、床は段差が其処彼処にあって、其れが如何にも歩く時、尖った靴の爪先に当たって転びやしないかと不安に思った。

「おおい、……飯は如何した?」

 高校時代のKがのっそり顔を出した。

「Tはあっちにいるぞ。Rはすぐ傍で話してる」

 相も変わらず、古い背広を着ているな、とKを見て思った。お互い、頭がつかえそうなので肩を竦めて首を前に突き出している。いつの間にか今度は自分もツイードの上下一揃いに身を包んでいた。煙草の匂いがして如何にも閉口した。

 

 キャバレーに見えたが、如何やら店はただのレストランの様であった。其れらしい雰囲気を作ってはいたが、セルフのドリンクバーなんて設けている辺りが如何でも中途半端だった。

 天井に穿たれた穴からぴかぴか光が漏れている。よく見ると白熱電球だった。

 中で螺旋のスクリューがグルグル回っているフローズンのサーバーのレバーを引くと、歯磨き粉みたいな見事なストライプがにゅるにゅると這い出て来て、コップの底にボトッと落ちた。

 何となく、探せばベトナムから亡命して来た知識人辺りがいそうな雰囲気だったけれども、此処に来て漸く、自分が何をしようとしていたのかを思い出して、外に出ようと思った。ただ、店の外に何か宛てがある訳じゃない。取り敢えず、出て、頭を整理させようと思った。

 手にカップを一つ持って、さっきKが来た方へ歩いていると、Rに会った。

「出口はどっち?」

と尋ねると、あっちの方、だと簡単に教えて呉れた。彼もまた、よく似あった格好をしていた。建物は何処も全く同じ構造が反復されていた。丁度、フラクタルブロッコリーみたいにタイルが敷き詰められていて、自分は絨毯の上をとことこ歩いていた。

 もう一度、右に曲がる角の手前でTに出会った。彼は相変わらず、眼鏡の底から自分の顔をまじまじと眺めていたが、何となく「うまくやれよ」と言われた気がしたので、彼はきっといい先生になるだろうな、なんて思っている内に大きな建物のロビーに突っ立っていた。

 

  2

 ロビーには沢山の若い顔があった。自分も何だか、気の性か少しだけ若くなっている気がした。

 連中はぞろぞろと駅から吐き出されて、或る者は親と、また或る者は友人とべたべたくっつきながら、腕章をつけた黒い服の係員達の誘導で、大学のキャンパスらしい、巨大な発泡スチロールの壁の隙間に、三々五々の赤蟻の行列みたいに細切れにのたのたと向かって行った。

 自分も何となく、用はなかったが大学らしいその建物の中に入ってみたくなって、隙間――といっても、地上20階くらいの大きなビルの間に出来た――を潜ってみた。

 潜るとまた直ぐ、右手に大きな階段があった。台所でうっかり調味料を零した時出来る様な白くて急な勾配に、如何にか段差を掘ってあった。

 また其の階段の下に、肩幅の広くて大柄な腹の突き出た男がプラカードを持って叫んでいた。

 其の時不図、此の階段を登らなくていいのは、内部進学の奴等だけなんだろうな……という直感めいた感想が降って湧いて、途端に激しい怒りの様なものが込み上げて来て、其れから段々頭が上手く回らなくなってしまった。

 模試の会場は其の階段の頂上にあるらしかった。よく見ると、男の背後に細いエレベーターが一か所隠されていた。其処から、母親に連れられた痩せぎすの男子生徒がベルトに持たれながら此方を眺めているのに気が付いて余計意識が朦朧として来た。

 空は矢鱈に青くて、キリコの抽象画の背景みたいになって来た。制服のスカートをはためかせ、蟹股の娘と母親がごにょごにょと何事か呟きながら自分の脇を擦り抜けて登って行った。

 途中の踊り場でも塾の関係者らしい男がビラを配っていた。其処には「当塾No.1の凄腕講師」という紹介で、消費者金融の社長みたいな男がモナ・リザみたいな姿勢で写真に写っていた。

 チラシの裏には塾頭の挨拶みたいな下手な文章がずらずら並んでいた。

 

「今や日本の大学の質の低劣化は甚だしく、内実共に形骸化した大学行政に期待するべき所は最早ありません」

「大学は今や、ネームヴァリューだけを掲げて辛うじて倒れるのを免れているに過ぎないのです。ですから、我々はその資産を巧みに活用し、あなたたちの将来のサポートをしたいと思っているのです。」

「大学は、勉強する所ではありません。知識は、社会に出れば、先ず役に立ちませんが、それは大学の質が低下しているからです。教養は、既に大学に入る前に決まるのです。」

「高い競争力と現実に対するシビアな目線こそ、学力の向上につながる唯一の手立てなのです」云々、云々。

 

 其れを読んで、到頭、会場にも行く気が失せてしまって、おまけに頭痛もひどくなってきたので、其の場に座り込んでしまった。

 ダッフルコートを着た男子生徒が自分の方を怪訝な顔をしながら見上げているのに気が付いて、例に手を振ってやった。すると彼はほっとした表情になって、自分に「模試の会場は此処であってますよね?」と尋ねて来たから、「知らないね」と答えて遣った。受験票の案内さえ見ない奴は、そんな模試なんか、受けなくていいと自分は思っていた。

 

 そうこうしている間に、エレベーターが通っている筈の発泡スチロールの壁が崩落して、自分がさっきまで歩いて来た道程も全て崩れ落ちて、紅茶色の泡立った海の面が眼下に表れた。

 すると、血相を変えて下りて来た男子生徒が自分に「あれを見て下さい」と指さして何かを示した。

 見ると、切り立った断崖の斜面から天上へ真っ直ぐに伸びたウドの大木の先端に、若い男が一人、しがみついているのが見えた。落ちる気配はなさそうであったが、如何せん、降りられる場所でもないので自分や其の周囲に居た人間たちも為す術もなく彼の様子を見守っていた。

 「高さはどれ位あるんでしょうか」「二二〇メートルだ。二二〇メートル。思っていたよりも登っていた樹の成長速度が早かったんだろう」

 口から出まかせというよりかは、見た感じ、そうとしか思えなかったのでつい口にしてしまった。

 男は東アジアからの留学生で、友人達とハイキングを楽しんでいたらしい。其処で、高い所に登って景色を撮ろうとしている間にずんずんと高い所まで押し上げられてしまった様子だった。

「大丈夫でしょうか?」

と、自分の進路の心配よりも、外国人の安否を気遣う生徒の様子に自分は返って心許ない気持ちになった。

 最後は海自のヘリとレスキュー隊員が彼を救出に来た。自分は、留学生が自力で降りる事が出来るのだろうと思っていたが、生徒に聞いたら、下はもう火山の噴火活動が活発化していて降りるのはかえって危険だ、と言うことだった。

「そういえば、あの山、××阿蘇山というそうですよ」

帰りしなに彼は早速スマホで調べてくれたのか自分に教えてくれた。けれどもその名前は、気象庁が急いで付けた名前か、さもなくばデマではないか、という事を聞いてて思った。

 気が付くと、自分は藤沢本町の駅に降りていた。

 

  3

 階段の上で蹲っている間に、塾と大学に関する批評でも書こうという事を考えていた。

 大学を「大卒免許の専門学校」みたいに仕立て上げた予備校を告発して遣ろうとなんか自分は思っていた。然し、反面、書いた所で、逆恨みとでも思われないか不安で仕方がなかった。

 単純に自分は、予備校が配っていたチラシの内容が気に喰わなかっただけであった。

 また、予備校にキャンパスを貸して遣わせる様な大学も気に喰わなかっただけだった。見た目ばかりを気遣って、象牙の塔の様に見せ掛けた所で、所詮中身はすっからかんで大したことはないのだろう。

 丸で、蟻に巣食われた株の様に大学を見ていて思われた。

 或いは白蟻に土台を蝕まれた家の様に思われた。

 

 大学の知り合いが居るツイッターのタイムラインに其の事を愚痴ろうと思って自分は駅の改札口の前でスマホを点けた。

 アプリを開いて眺めてみると、リツイートで流れて来た画像に目が止った。

 その画像は、投稿者の妹が昔、その人に宛てて書いたらしい手紙を、アスキーアートに直したものらしかった。画像には、『いつかお前に送り付けて遣るからな」というテキストが添えられていた。リツイートはもう、1.5万回を数えていた。

 「妹の手紙」はよく出来ていた。クレヨンで描かれた絵と文字の質感までもが、掌に収まる小さい画面の中によく再現されているように思われた。

「お兄ちゃんうんどうかいに優しょうしなけりゃ」

 読めた文章は其れ位だった。けれども、恐らくは小学校に上がる前位の時分に書かれたものなのだろうか、其れにしては構図も面白くて、自分はこれの何処がそんなに物笑いの種にされているのか、よく理解が出来なかった。短冊様の紙面を縁取る様に、運動場のトラックの絵が描かれていて、その真ん中に鉢巻きを締めた子供の絵と、のったくった文字と一緒に書いてあった。其れを見て、自分は愚痴をツイートするのを止めようと思った。

 

 夢から醒める直前に、大学の先輩がリツイートした、シー・シェパードを揶揄った投稿を見掛けたのを覚えている。

 其処には、煮え滾る海の中で、銛を構える男達と、既に茹で上がった鯨の死体がぷかぷかと浮かんでいる絵が紹介されていたのだが、其れが一体、何の諷刺なのか、自分にはとんと理解が出来なかった。

 

      九十五