はてしなきひらひら

尾ひれが沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

朝肉食

  

 久しく目が覚めなかったのだが、今日に限って八時前に目が覚めた。何のことはない。友人・S氏に起こされたのである。

 

 なじかは知らねど、私はKと漫画を描いていた。彼も自分も忙しくて、仕事が溜まっていたのだが、今度は彼の仕事を手伝う番であった。

  自分は他人の絵柄に似せて描くのが苦手であり、一方Kの方はある程度は写して描く。とは言えなまじ癖の強いので、私が描いた絵も妙な具合に統制されてしまった。

  自分は悪戦苦闘した末に友人に下絵を見せて確認を願った。然し、案の定、却下された。似ている似ていないの範囲に収まらなかったのである。

 

 其れからKと散歩に出た。頭がとっ散らかった儘、同じく散々な室内も放棄して午後の住宅街を彷徨いた。気分はもう漫画であった。

  既に路上に机を広げて、其処で作業をしていたのは、室内よりも早くインクが乾くだろうと踏んでのことでもあった。

  兎角、友人も腹が減っており、然し生憎と近所に店と呼べる店もなく、ぶらぶらしていた所で巨大な、ドールハウスの如く、瀟洒で童話的に三階建のスーパーマーケットを発見した。

  興奮した自分ら二人は入り口を探しながら、突入するタイミングと入り口を探していた。頭がおかしくなっていたので、今思えばゴミ捨て場の前でカラスの跳ねる様に行ったり来たりしていた。

 其れで焼き鳥の臭いを嗅ぎつけた所で其処に自動ドアを見付けて蛇の如く滑り込んだ。そしたら、もう既に風除室にはエプロンを付けておばさん方が不安気に格子の前で外の様子を伺っていた。誰かが「警察を呼んだ方がいいのではないか」と言うのを聞くに及んで、私はKと素知らぬ顔で買い物してさっさと別れて家に帰った。

 

 帰りに自分はいつもの癖で道に迷った。土手の上にシャンプーの工場と車両基地と大きなトタン屋根の建物がズラリと並んでいて、其の間をブルーサンダーが貨物を引いてギャリギャリと通り過ぎて行った。S氏に遭ったのはその直後である。

  陸橋を潜って、調整池の傍で焙じ茶を買って飲んでいるT氏に出遭わしたのである。

  彼に案内される儘に歩いて行くと、確かに茶の出店が在って、其処で焙じ茶の試飲をしている時にS氏から、『就活は如何なんだ?』と声を掛けられて目が覚めた。

 

  本当は、このS氏に遭う前に私は一匹の猿人間となり、後輩・H氏の担当教授の講義を受けたり、モノと掛け合わされて失語症になり、軈て生命活動も止まってしまうという改造人間に遭ったりする体験をしたのだが、其れは焙じ茶と、食いながら歩いていた食パンの臭いから誘われた昼間の夢であった。

 

  そして、そんな夢見がちの私はS氏に脅されて目が覚めたのであった。幾分、身体は脱水で痺れていたが、朝は清々しい迄に、障子の向こうで照り輝いていた。

  本当は昨日、夕食でご馳走になるはずの牛肉赤身のステーキを自分で焼いて食べた。プレートは既に用意されていた。付け合わせのニンジンは特に力を入れて作られたらしい。

  トマトとわさび菜と、醤油と香草入りの岩塩で八時の十五分前から食べ始めた。香草の香りが良質の肉の風味を引き立てて、頗る自分は嬉しくなった。

 

  そして分かったのが、好いものは皆、香りが良質なのだという事であった。

 故に私は、矢張りT氏は只者ではなかったのだ、と考えたのであった。彼は自分の知る限りで数少ないジェントルマンである。