はてしなきひらひら

尾ひれが沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

火伏せの箱

 

 昔聞いた話で、なかなか面白いから裏を取ろうと思ったものだが、何せ現地と遠く離れてしまっているから、調べるのも一苦労で結局放置しっぱなしだったりする。

 しかし、内田百閒のエッセイを読んでて、ふとこの話の原型を見付けたような気がして、以来気になる存在ではある。

 

 空襲で焼けた蔵は、暫く冷まさないと開けてはいけなかったらしい。というのも、蔵の中は出火こそしていないがかなりの高温状態であって、そこに酸素が入り込むと忽ち燃え上がるから、という理由らしい。エッセイは、せっかく焼け残ったのに元も子もなくないから、気を付けよう、なんて内容だった気がする。

 

 終戦後、暫くして座礁して沈没していた潜水艦が引き揚げられた際の話と似てなくもない。封印が解かれた瞬間に時間が流出して、ものが失われてしまうという話は古今そう珍しくない気がする。

 密閉された蔵の中は、時間が止まっているようでもある。勿論、理屈の上では蒸し焼きになっている訳だから、何でもかんでも無事であるという話ではないだろうが、この話はもう一つ変わった点がある。

 

 仮に自分はこの話を、『火伏せの箱』と呼ぶことにしたのは、そういう訳がある。

 変わった点というのは、封印された箱(=蔵)の中に、もう一重の箱がある、という点である。

 この箱は火難除けの御守りで、土蔵の一隅に据えられていたらしい。

 中身は、恐らく春画だったのではないか、というのは自分の勝手な想像で、だとしたら顛末も納得がいくのである。(元の話では中身は空っぽだったというから)

 春画と言えば、この話の出来事があったとされる時期に起こった、下山事件が想起される。下山総裁が貸し金庫に秘密の春画コレクションを預けていたというのは、どうやら本当らしい。

 

 ただし話の核心は小箱の中身ではなく、その熱である。

 筋書はざっとこうである。

 或る家の土蔵は、屋敷が焼けても幸い破壊を免れて終戦を迎えた。例によって、暫くの間は放置されていたが、軈て頃合いを見て封印が解かれた。

 中に在った物は少しずつ蔵から出されて食糧と交換されたり、或いは普通に処分されたりした。

 その内、蔵を取り壊す話がその家で持ち上がり、一切合切を運び出す過程で、件の小箱も蔵から持ち出された。その際、不思議とその箱は熱を帯びていたという。

 物が物だけに、小箱は処分されずに保管されていたそうだが、その家の者は君悪がって誰も中身を確かめようとはしなかった。

 しかし、もう大分高齢だったその家の主人が友人らと悪ノリして封を切ってしまったらしい。すると、それから暫くしてその老人は死んでしまったそうだ。

 

 人びとが注目するのは、その死因であって、喉や舌が火傷で膨れ上がって息が出来なくなった事による窒息死ーーとかいう、一体何処から漏れ伝えられたか想像もつかない話の尾鰭の部分であって、肝心要の箱の謎は興味がないのか、特にこの辺りの説明は聞いた覚えがない。或いは、「言わずもがな」という暗黙の了解があったのかも知れない。

 吸い取った熱をいつまでも溜め込んでいたのかもしれないが、一体どんな呪いかが気になって仕方がない。