はてしないひらひら

尾ひれは沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

錬金術とルサンチマン

 

 未来志向の空想科学があれば、過去志向の隠秘学錬金術がある。暗澹たる未来世界も、旧き佳き時代という幻想も、共に現在に対する深い失望に起因している。即ち、現実の延長線上にある可能性としての未来は碌なものではないし、少なくとも過去に於いてはこれよりもマシな状態であった思わなければ、感傷に浸って安らぎを得るという事も適わない、二進も三進もいかなくなった状況であるーーと望む人々の需要に応える為の双輪を担っている。

 謂わば、此の車は何処へともなく、死に体の読者を運んで、他界へと走っていく様な錯覚をせめてもの享楽として与えて呉れる装置でしかない。牽引する人夫も、畜類もいない。読者は酔客同様に、電車の中と勘違いして、鞄を枕に行儀良くその上へ身を横たえる。

 同情乞食の誹りを免れ得る時期をとうに逸した人間が、真に尊厳を湛えて自らの進路を決する事が出来なくなった後に、する事と言えば、如何にも、恥辱を受ける事少なく去ぬ事許りである。

 不老長寿の、或いは不死の魅力は、死さえ克服出来るならば、少なくとも自分の去った後に、散々ぱら他人共に悪し様に言われる事を免れる点にある。誰よりも長らく、他の誰もが最早自分を責め苛むに能う事無きに至るまで、耐え忍ぶ事が出来たならば、我が世の春を謳歌し得る可能性がなきにしもあらずであるからである。

 それは何より文明の、現在の終焉、終末の先を期すればこその企てであり、憧憬である。これらの企ての失敗が堆く、庵の内に積み上げられた後にあって、慰め言は唯の一語さえもなく、憧れは益々、人を不完全な自己を否定する向きへと駆り立てる拍車となって、心身を疲弊させていく。だがそれは自殺ではあり得ない。当の本人達は、決して死を欲してはいないのだ。ただ、彼等の望むものが得られない場合の結末が、能く能くそれに似ている、というだけの話である。

 絶望した所でそれに応える声もなく、同情乞食の誹りを投げられ、後悔した所で無益である所か、自己満足の為の自慰行為のレッテルと弾劾され、悲しんだ所で見苦しいと、怒った所で側迷惑だと槍玉に揚げられ、一切合切を禁じられた挙句に、人格に難あり、これ一切の役不立と診断を受けて、社会的去勢を施されるが他に進路なき者のとっては、偲べる過去も、可能性としての永遠の未来も、その無為な過程を凌ぐに最低限必要な、只管に消費される、せめてもの薬物であり、決して生きるに不可欠な滋味に溢るる教養ではない。

戸山の壁について

 

 今朝方の夢についてである。

 今では「東京駅」と呼ばれる、一帯の地域について、嘗ては「戸山」と言ったそうである。

 「戸山」の後、「戸塚」に変わったそうだが、これは横浜の地名と被ると言うので、再び「戸山」になった。

 訪ねた時、壁になっていた老人からはそう説明された。何故、「壁」なのか訊いたら、「地名に関係があるのだろう」という事で、曰くそんな話を聞かされた。

 

 翁は、家屋の外壁であった。しかし、恐らく元は、「戸」と呼ばれた崖の神霊であったに違いない。宅地造成の為に、元の地形は失われて、また地名も不動産屋の都合で、耳障りの良い言葉に変えられていく中で、老人の居場所は「戸」ばかりになってしまったようだった。

 

 

 夢の後半、隣の空き地の下見に、如何にも不愉快な風体の不動産屋が客を連れてやって来た。

 すると、老人は慌てて彼らを追い返しに飛び出した。尾いて行くと、坂の下には、まだ辛うじて、崖の一部が残っていた。丁度、チーズの一切れの様に薄く、高さも路面から一番高い所で精々、80センチメートルもなかった。

 

 岩を何枚も重ねた様な断面が見えていた。老人はそれにしがみ付いて、何か盛んに喚き立てている様だった。しかし、若い子連れの家族にも、鶏冠みたいな髪型の営業にも、その声は届かなかったらしい。

 とうとう、売却が決まったらしい。ゲラゲラと笑う声に老翁は激怒した。彼は、自身の中から扁たい岩を引き抜くと、先ずは彼らの内、最も不愉快な不動産屋の営業の脳天をそれで打ち砕いた。それはもう何遍も何遍も、執拗に打ち砕いた。その内、ぺっしゃっこになった脳天は、彼の手にする岩と同じくらい、扁たいものになったが、その頃には、下見に来ていた客らは皆、その場から逃げ出してしまっていた。

 老人はその後、寂しげに戸板に戻って行った。自分はかける言葉も無く、その背を見送っていた。

 

 

地上波初放送に寄せて

 

 現実と虚構を論じるために、その両者を論じる前提となる、共通の「場」が必要である。

 ならばーーと、その場の性質について、考え始めて早くも一年が経過した。

 『シン・ゴジラ』の話である。  

 何をか言わんとしてはその度に失敗する。言葉足らずは相も変わらずである。

 

 前提自体がそもそも、去年の自分に足場として無かったのに、背伸びして論じようとしたのが浅墓だったーーと、「マジレス」するタイミングも疾うに逸して、こじらせた「厨二病」を悪化させていくように、書き途中のものを上げるのを繰り返すような、「あっぷあっぷ」で物を書くのにもいい加減、うんざりして来た今日この頃ーー、折良く、地上波初放送という事で、今度こそ、諦める事にした。さらば、しからば、おさらばえ、である。今更ではあるが。

 

 一年前、取り憑かれたように何遍何遍も下書きも含めて書き殴って来たものだけれど、今にして思えば、取り憑かれたい一心で、そんなフリをしていたのかも知れない。そんな疑念さえ鎌首を擡げ始めている。

「アレは結局、気の迷いだったのかも知れない」

 とか、そう思える事自体、至極真っ当に思われる。そんな「余計な事」なぞ考えずに、今目の前にある「現実」としての、突散らかった部屋の有り様やら、明日着ていく服の事なぞを心配して考えた方が、今では「まとも」に思われる。

 だが、果たしてそう言える根拠が何処にも無い事は能く能く分かっている。だからと言って、その「何の根拠も無い」事を口実にするようでは、何の進歩もあったものでは無い。

 

 牧博士が最期に何を好きにしたのかーーなんて考えるよりも、「もっともらしい」考え事は世の中に五万とある。

 「でも」、確かにそれは考えるだけの甲斐性があるテーマであった、と断言出来るようになるまで考えてしまうのは、本意ではない。そこに甲斐性を感じられるように変化してしまうまで考えるのは、考えるというよりも信じている、と言った方が適切だろう。

 「スルーする」事が出来る位に、普段から物を考えていなかった自分の不覚であった。

 

 遣り甲斐が感じられるように適応したのだ、と言えばそれまでである。が、適応して、芯がブレてしまっていたならば元も子もない。

 態々正体もなくして、何が何だか分からなくなってしまった後に、「初心」も「大志」も汲むべくもない。

 能く、世間には集まりの場で正体を失くすまで酒を飲む人がいる訳だが、一体、そうした人士は、その場に集まった理由さえ分からず、ただ酩酊しているに過ぎないので、正直、介抱する義理も無いように思われる。

 でもやっぱり、扶けようと発心するのは、相手が何者であるか、何を考えているかという事に委細関係無く、そこに「余計な考え事」が差し入る隙間なぞ厘毛も無い。

 そんな状況にあって、「どうしてこうなった」と考える事自体の用の無さに気付いた後は、彼此説教しようとしていた事さえも、何やら阿呆らしく感じられ、知った所で、今更だから何だという話なのだ。

 

 生憎と時宜に適った言葉を思い付く事が出来ずに終わった事を、延々悔やんだ所で全く仕方が無い。「問うに落ちず語るに落ちる」とは正にこの事で、省みて、ああだこうだと論ずる内に、何が必要だったのか、ハッキリする事は往々にしてある。だが、それが明らかになった所で、また「初めて」映画を観る事は出来ない。

 

 だから態々、言う必要も、言おうとする必要も無かったのだーーという事に、一年経って漸く確信するに至った。

「腑に落ちなかった。」と言うのが、とどの詰まり、自分の言いたかった事の全てである。だから何だ、と言いたくなるような感想しか得られなかった事の後悔が尾を引き摺っていたが、もうこれで構わない。「分からなかった事」は決して覆しようも無いのである。

 

 物語の結末を、もう伏せておく必要は無い。しかしマナーとしては、初めて観るという人の前では言わないのが正解だろう。それはその人が既に、ウィキペディアなりニコニコ大百科なりを閲覧していたとしても、関係無い。言うなれば、それは照れ隠しであり、余計な恥をこれ以上重ねない為の知恵である。

 

 最後に一言だけ。

シン・ゴジラはいいぞ』

 以上。

 

 

 

たわわ考

 

 目の前に道がある。そして、今正に、その「とうげ」に差し掛からんとしている。

 「とうげ」とは「さか」の頂であり、「さか」とは盛り上がった丘のことである。「とうげ」は、「さか」の、上りと下りをへだてる境である。

 

 「とうげ」は、登る時「たお」と呼んだ。「たお」を超えると「たわ」になった。

 恐らく、「とうげ」は元、「たおげ」と言ったのだろう。

 勾配のゆるやかな「とうげ」も「たわ」と呼ばれた。また、ごく低い山と山の合間では、一番高いところを「とうげ」と呼んで、低いところを「たお」と呼ぶこともあった。

 山の尾根など、馬の背のようにたわんだところも、「たわ」と呼ぶ。「たわんだところ」だから「たわ」なのか、そこが「たわ」だから、山の形を「たわんでいる」というのか、それは分からない。

 辞書を引くと、「たわ」の項には「たをり」が、「たわわ」の項には「とおお」が類語として登場する。然し、同義語、というのは適当ではない。

 確かに、いずれも、たわみ、しなうさまを表しているが、「しな」とは「さか」のことであり、そして「とうげ」は「さか」の天辺である。道は、「とうげ」をはさんで、「たお」を歩けば盛り上がり、「たわ」を歩けば沈み込む

  白露が「たわわ」に下りれば、秋萩の葉は重たげに「たわ」み、白橿の枝に「とをを」に降った雪は、枝をたわませるほどに、こんもりと「たお」る。

 

 最近、「たわわな果実」という言い回しが流行っている。

 若しそれを、果実そのもの褒めているのだ――と、思っている人があれば、それは勘違いだ。というのも「たわわな果実」と言った時、「たわ」んでいるのは果実ではなく、それを支えている幹枝だからだ。「たわわな果実」と呼ぶ時は、果実を指しているのではない。その実をつけて、しな垂れている、幹枝を指して呼んでいる。

 対して、枝に生るものはこんもりと、枝葉の上で「たおたお」と盛り上がる。

 するとなると、若し果実を褒めたいならば、「たわわ」ではなく「とををな果実」とでも言うのが、適当な気もしないでもない。

 だが、生憎と、そんな言い回しは、寡聞にしてきいたことがない。それは、ただ後者が廃れたから、という理由からよりも、果実より枝葉の方に――幹の揺らぎに――その重たげに身を擡げた、危うい均衡の上にある、アンニュイなモーションに、人々が魅せられている場合が専らであるからに相違ない。

 飽くまで、果実は人々が感動しているもの全体の一部に過ぎず、人々はその――今にも折れてしまいそうな、草木の――危うさに魅せられているのだ。

 

 気になる物の、大きさは実は関係ない。

 

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 自分は丸で信じちゃいないが、ひとに因果応報を説いた前科がある。そのしっぺ返しを、自分は今か今かと待ち構えている。

 人を呪わば、穴二つとはよく言ったもので、今じゃ自分の方が、嘗ての苦労が報われる事を期待して止まない。

 初めは信じておらずとも、教えた相手が段々と其れを本当に思い込んで来るのは丸で手妻の様であった。

 思うに自分は説教が上手かったのではなく、相手が聞き上手だったのであろうと思う。或いは単純に、自分の見る目の無さで、下手な芝居を打たれた丈かも知れない。

 然し、兎角、事は面白く考えねば詰まらない。

 寧ろ、今になって見れば、これまでに何の便りも無い方が、全く虚しくて堪らなく感じられる。これぞ正しくしっぺ返しと信じるに足る応報は未だ返って来ない。何も無い退屈は、しっぺ返しに数えない。

 アレかなコレかな、と思う節は無きにしもあらずだが、自分とすれば確かな手応えを得られたならば、其れに越した事はない。此方が其方へ向かわずとも、向こう側から猛然と、トラックの様に突っ込んで来る相手があれば、自分は其れが、誰でも無く自分を狙ったものだと確信する事が出来る。

 

 「誰でも良かった」などと言うのは、振り返って見た時、都合好く忘れられた、瞬間に焼き付いた顔を無視しようとした結果の発言に過ぎないと考える。確かに車が進入して来る前には、フロントガラスの向こう側一杯に、有象無象に動き回る無数の人影が蠢いていたからこそ、凶器は此方へ突進して来たのである。其れが、自分の事を跳ね飛ばしたりしたのであった。誰でも良かった、と言うのはアクセルを踏む迄の方便である。

 

 「手当たり次第、誰でも良かった」という奴に自分は度々、「でも」と言い返して彼此話をした。其れが因果応報の話である。

 所詮、どれだけ遠くから見えない様に見えても、そこに居るのは無数の鼻と口を持った目玉のついた顔なのであって、人なのであった。

 其れ等を人間が一切、意識の範疇外に置いて、突進出来るか、と言えば其れは出来まいーーと自分は悪びれもなく説いて聞かせた。

 其れで自分は何も相手を改心させようと思ったのでは無くて、また他人に見境なく襲いかかるのであれば、と捨身をした訳でも無かった。

 結局、其れは相手が何処まで本気か、という事を試したのであった。謂わば、挑発したのである。謂われて逆上する程、愚かでもなく、然し、何処まで其れが本当かをも確かめてみたかった。

 

 自分は結局、其奴が人混みにでは無く、特定の誰かに激突していく事を期待したのだった。相手の言う通りなら、奴は確り化けて祟る筈であった。

 所が、自分は一年経ち、二年経ち、三年経ってもぴんしゃんしている。相手もぴんしゃん、寧ろ以前よりも垢抜けて、活発になり、大分人心地着いた様な話さえ人伝に聞いて、心底自分は落胆した。丸で、ビー玉を焦がせばダイヤになる、と本気で信じた小学生みたいに素直にがっかりした。以来、ひとに対しては「何だ、そんなものか」という軽い侮蔑の気さえ抱いている。

 要は自分は其の程度の影響しか相手には与えられ無かったという事なのであろう。然し、其れを何か恥ずかしく思ったり、惨めに感じる事も無い。煽った所で、ひとは一瞬逆上させても、直ぐに沈静化してしまう。「北風と太陽」もとい「火の用心」である。マッチ一さし、寝タバコ一本、火事の元、である。

 

 結局、自分の試みは敢え無く頓挫、失敗したが、伝える事は伝えたので、後は相手が其れを如何扱うか、編集するか、に掛かっている。

 謂うなれば、自分は単にライターの仕組みを教えたに過ぎないのだ。物事の、妄想の種である。其れが、芥子粒みたいに其奴の内にばら撒かれたなら此れ幸いである。

 必ず発芽するとは限らないが、何かの拍子にじわじわと根を張り、勢力を増して、其の考えが広まっていく事に自分は期待している。考え出せば際が無い。気が付けば、其処等一帯に蔓延っている。然し、其れではもう遅い。一度帰化した外来種は、駆逐するのが困難である。

 

 そして、其の細工が狂い咲きする頃には、自分なんかはとっくにもう奴とは知らぬ仲になっているだろうし、だからこそ、自分は相手が化けて出る事を期待した。所が相手はぴんしゃんしている為、愈々不愉快である。

 若しかしたら、初めから自分は騙されていたのでは無いか、とも近頃では考える様になった。初め人だと思った、其れこそが躓きの石であったのではあるまいか。

 端から相手は夜叉の類であったとするならば。自分は退治したのでも無ければ、祟りもあろう筈がない。現に、今日も今頃何処かで雨の日ながら肉でも啜っている事だろう。さてもさても、桑原々々である。

 だが、無事息災であろうとも、鬼の毒手から逃れたとても、自分が不本意である事には違いがない。自分は矢ッ張り、待ち構えている。

 信じない癖に、人一倍興味がある、と実に埒が明かない。他での悪戯も大概に知ろ、と鬼に言いたい。

 確り仕事をしろと言いたい。せめても、鬼であったならばの話であるが。

 

本町

 

 県庁での用事を済ませた後、帰る前に一服しようと思ってベローチェに入ったら、鈴谷がいた。

 一瞬、何故と戸惑ったが、案外、平日横須賀からも来るのかも知れない、と思って気を取り直して、入り口近くの丸テーブルの上に荷物を置いた。然し、落ち着かなかった。勿論、自分以外に誰も気が付いてはいない。当然である。そんなもの、現実にはある筈がないからである。

 にも拘らず、其処に鈴谷は居て、カップと皿が前に一つずつ、空になっていた。本人も、別に何も気にしている素振りはない。ただ、只管カウンターの上に置いた手元の画面を眺めていた。

 アメリカンコーヒーを頼んだ事を後悔しながら、自分はチーズケーキも追加で頼もうか真剣に悩んだ。相変わらず、冷めた顔して鈴谷はイヤホンを耳に挿して、スマホを画面を叩いていた。ガラケーではないのが、流石、二次創作とは違うと思った。

 寝る前に、同人誌やSSばかり読んでいた所為かも知れないが、自棄にディティールが適当だった。ただ、そもそも自分は鈴屋がどんな女子高生だか知らなかったし、其れ以前に、「艦これ」で一度も遊んだことがなかった。尤も、戦闘美少女はあんなに野暮ったかったかしら、と思ったが、現実ならそんなものだろう、と直ぐに納得した。それに、場所も場所である。重火器なんて持ち運べる様な土地じゃない。

 大体、平日の午後に、ベローチェにJKが居る事自体が妙ではないか――とも思ったが、もう四時過ぎだし受験生ならいてもおかしくなかった。気になった事と言えば、其の位だった。結局、コーヒー一杯で我慢して、考え込まない内に自分は店を後にした。

 その後、やっぱり気がくさくさして、大通りを道なりに進んだ。そして、何であんな場所に鈴谷が居たかを考えた。けれども、やっぱり受験生なんだろうという結論に落ち着いた。道は大きく弓なりに反って、左手に県立博物館が見えて来た。弁天橋に差し掛かった時に五時の時報が鳴った。そこで自分は引き返してコンビニに入った。若しかしたら、後を尾けて来てはいないかと期待していたのだった。けれども、やっぱり彼女は尾けて来なかった。其れから直ぐにJKの集団に出くわしたが、けれども、鈴谷の姿は其の内になかった。確かに彼女にスタバは似合わぬと思った。

 結局、歩いた分、余計に腹が減って、東神奈川駅蕎麦屋でかけそばを大盛食べた。其れでも、ベローチェでチーズケーキを食べるよりは安くで腹が満たされた。各駅停車の出発を待ちながら、時計を見てたら、肉の焼ける好い臭いが漂って来た。自分は、あんなぽっちで腹は空かないのか、とJKの身を案じていた。

 

三本目の万年筆

 

 家に帰り机に向かい、先ずする事と言えば抽斗を開けて懐中時計のネジを巻く事であったりする。

 学生の手に届く値段の機械式なものだから、購入してから半年でもう既に大分、抵抗が少なくなってしまっている。

 パワーリザーブの表示がある――と言えば、もう何処のメーカー品を使っているかバレてしまうだろうが、初めの内は一度巻いたら二日半持ったのが、今では大凡二日まで落ちた。其れで説明書通りなのだが、巻く間も、指の間に挟んでみる内も、コチコチと進む針の調子も何だか元気がない様に感じられて此の頃はずっと抽斗の中に仕舞いっ放しである。

 

 方々出歩くようにもなって、腕時計を身に着ける必要が出て来た。

 四月の暮れに二つ、予備も含めて購入した。チープカシオのデジタル時計である。

 偶々Twitterで友人がリツイートした記事に紹介されてたのと同じ型が店頭にあったので、Amazonでの販売価格とも比較しながら購入した。但し、此方よりもデザインが普段着と合わせ易いこともあったから、専ら予備で購入した方を着用している。

 

 デジタル時計は中の電子部品が駄目になると電池を替えてももう使い物にならないから、是まで選んで来なかった。物に執着してしまう質だから、成るべく長く使いたい、と直ぐ考えてしまう。すると、新しいものに手を出すのを敬遠し勝ちになってしまう。其れでいつまでも、寸足らずの、着馴れた上着やワイシャツなんかを着続けてしまう。異様は益々怪奇となり、おいそれと服屋に行くのも出来なくなれば、そんな出立でも許されるリサイクルショップや古物店に出入りする様になる。

 けれども、自分は決して古物趣味の人間ではない。他人が寄せたのと同程度に、自分が古物を大切に出来る自信もなければ、末永く保全しようという覚悟も出来ない。物に対する敬意を持てるかというのと、実際に自分が其の看護が出来るかは別問題である。

 古物に限らず新品であっても、其れなりに使い勝手がいいと、自分なんかは遂調子に乗って酷使してしまう。気に入ったら何処にでも身に着けて、持ち運ぶ。其の所為で随分な数の本を駄目にしてしまった。

 物言わぬ器物に対する扱いは、其れに慣れれば慣れる程、程度は甚だしくなる。漸く最近其の事を自覚して、今は常用しない事にした。

 

 自分の場合、何か大切にしたいと思うものについては平時は放っておく事が一番無難であるらしい。誰かに盗られたりしない限り、何処に置いたか仕舞ったか、最後に何時手入れをしたとか把握しておけば、独りでに何処かへ行ってしまうという事もない。

 気に入ったからと言って持ち歩けば、其れ丈他人に盗られる可能性も高くなる。学生時代、既に同じデザインの万年筆を二本、紛失したが、何れも自分には高価で一万円する物であった。赤と黒を基調とした、バッキンガム宮殿の衛兵を彷彿とさせるデザインは、多分他の人にも魅力的に映ったに相違ない(斯ういう時は自分の眼にも自信を持ちたくなる)。

 二度も失くすともう持とうという気は無くなってしまった。若し手にしたとして、三度とも失くしたという事になっては、恐らく自分は万年筆を持つ事自体止めてしまいたくなるだろう。其れは、他人に懲りたというよりも、自分に愛想が尽き果ててしまいそうで恐ろしいからである。

 誰に拾われたにせよ、取られたにせよ、今も其れ等が大切にされている事を自分は願って止まないが、然し本当に筋を通すのであれば、自分はもう万年筆を使わないのが正当なのだろう。

 今使っている万年筆は、以前の物よりもずっと安い品物で、実は三本目であったりする。同じ型の色違いを使っている。一本目は黒で、限定色だった。是を友人に譲った。二本目は水色を選んだ。然し、半年もしない内に破損してしまった。インクが漏るようになったので、今度は少し濃い青の新品を購入した。

 

 万年筆で自分が物を書くようになってから、もう七年経つ。其の間に、ひとから貰ったものを含めて自分が持ったものは九本を数える。内、寿命を迎えたりして使えなくなったもの、使わなくなったものは三本で、他は贈ったものを除いて四本は使用中に紛失・破損してしまった。

 筆圧が強い所為で、自分が使う筆記具は直ぐに先がぐらつくようになってしまう。

 元々、力のない分、肘で物を書くのが得意ではない――というのは言い訳に過ぎない。だが、もうそろそろ、今使っているペンは抽斗に仕舞う事にしようと考えている。幸い、メーカーも若者向けの廉価なモデルを多数売り出しているから、其の中から選んで、今後は定期的に買い替える積もりだ。

 機械式時計は、十万しないなら修理に出すまでもなく、使い捨てと捉えるべき――なる旨のコメントを「知恵袋」で見かけたが、万年筆についても恐らく其の位の感覚を持つべきなのだろう。果たして其れは適切な指摘であり、何時までも身の丈に合わない代物を使い続けるのは窮屈で苦しい許りだ。腹が支えて前が閉まらないブレザーはメルカリにでも出品してしまい、二回り大きなサイズのジャケットを買う足しにするならば、AOKIも青山も嫌な顔はしない。

 然し、用心しないと普段使う物に限って何処にやったか忘れて仕舞うものである。普段着ないような上着やズボンはクローゼットや箪笥の抽斗に仕舞われているから、割合探すのに手間取らない。

 そういったものは、何処に仕舞ったか忘れないよう、手近な机の抽斗とかに仕舞って置く事だ。使ったら又元在った場所に戻す。相する事で、せめても失くしたりする事を予防する事が出来る。

 精々、出来る事と言えば後は使わない時には放っておく事位である。気になるからと玩ぶのは事故の故だ。

 どうせ、用があれば直ぐ使うのだから、必要な時に直ぐ取り出せる様、無暗矢鱈に場所を変えない事に気を遣っていれば構わない。其れでお互い、十分である。