はてしないひらひら

尾ひれは沢山付いてるけれども、言いたいことは、多分シンプル。

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 自分は丸で信じちゃいないが、ひとに因果応報を説いた前科がある。そのしっぺ返しを、自分は今か今かと待ち構えている。

 人を呪わば、穴二つとはよく言ったもので、今じゃ自分の方が、嘗ての苦労が報われる事を期待して止まない。

 初めは信じておらずとも、教えた相手が段々と其れを本当に思い込んで来るのは丸で手妻の様であった。

 思うに自分は説教が上手かったのではなく、相手が聞き上手だったのであろうと思う。或いは単純に、自分の見る目の無さで、下手な芝居を打たれた丈かも知れない。

 然し、兎角、事は面白く考えねば詰まらない。

 寧ろ、今になって見れば、これまでに何の便りも無い方が、全く虚しくて堪らなく感じられる。これぞ正しくしっぺ返しと信じるに足る応報は未だ返って来ない。何も無い退屈は、しっぺ返しに数えない。

 アレかなコレかな、と思う節は無きにしもあらずだが、自分とすれば確かな手応えを得られたならば、其れに越した事はない。此方が其方へ向かわずとも、向こう側から猛然と、トラックの様に突っ込んで来る相手があれば、自分は其れが、誰でも無く自分を狙ったものだと確信する事が出来る。

 

 「誰でも良かった」などと言うのは、振り返って見た時、都合好く忘れられた、瞬間に焼き付いた顔を無視しようとした結果の発言に過ぎないと考える。確かに車が進入して来る前には、フロントガラスの向こう側一杯に、有象無象に動き回る無数の人影が蠢いていたからこそ、凶器は此方へ突進して来たのである。其れが、自分の事を跳ね飛ばしたりしたのであった。誰でも良かった、と言うのはアクセルを踏む迄の方便である。

 

 「手当たり次第、誰でも良かった」という奴に自分は度々、「でも」と言い返して彼此話をした。其れが因果応報の話である。

 所詮、どれだけ遠くから見えない様に見えても、そこに居るのは無数の鼻と口を持った目玉のついた顔なのであって、人なのであった。

 其れ等を人間が一切、意識の範疇外に置いて、突進出来るか、と言えば其れは出来まいーーと自分は悪びれもなく説いて聞かせた。

 其れで自分は何も相手を改心させようと思ったのでは無くて、また他人に見境なく襲いかかるのであれば、と捨身をした訳でも無かった。

 結局、其れは相手が何処まで本気か、という事を試したのであった。謂わば、挑発したのである。謂われて逆上する程、愚かでもなく、然し、何処まで其れが本当かをも確かめてみたかった。

 

 自分は結局、其奴が人混みにでは無く、特定の誰かに激突していく事を期待したのだった。相手の言う通りなら、奴は確り化けて祟る筈であった。

 所が、自分は一年経ち、二年経ち、三年経ってもぴんしゃんしている。相手もぴんしゃん、寧ろ以前よりも垢抜けて、活発になり、大分人心地着いた様な話さえ人伝に聞いて、心底自分は落胆した。丸で、ビー玉を焦がせばダイヤになる、と本気で信じた小学生みたいに素直にがっかりした。以来、ひとに対しては「何だ、そんなものか」という軽い侮蔑の気さえ抱いている。

 要は自分は其の程度の影響しか相手には与えられ無かったという事なのであろう。然し、其れを何か恥ずかしく思ったり、惨めに感じる事も無い。煽った所で、ひとは一瞬逆上させても、直ぐに沈静化してしまう。「北風と太陽」もとい「火の用心」である。マッチ一さし、寝タバコ一本、火事の元、である。

 

 結局、自分の試みは敢え無く頓挫、失敗したが、伝える事は伝えたので、後は相手が其れを如何扱うか、編集するか、に掛かっている。

 謂うなれば、自分は単にライターの仕組みを教えたに過ぎないのだ。物事の、妄想の種である。其れが、芥子粒みたいに其奴の内にばら撒かれたなら此れ幸いである。

 必ず発芽するとは限らないが、何かの拍子にじわじわと根を張り、勢力を増して、其の考えが広まっていく事に自分は期待している。考え出せば際が無い。気が付けば、其処等一帯に蔓延っている。然し、其れではもう遅い。一度帰化した外来種は、駆逐するのが困難である。

 

 そして、其の細工が狂い咲きする頃には、自分なんかはとっくにもう奴とは知らぬ仲になっているだろうし、だからこそ、自分は相手が化けて出る事を期待した。所が相手はぴんしゃんしている為、愈々不愉快である。

 若しかしたら、初めから自分は騙されていたのでは無いか、とも近頃では考える様になった。初め人だと思った、其れこそが躓きの石であったのではあるまいか。

 端から相手は夜叉の類であったとするならば。自分は退治したのでも無ければ、祟りもあろう筈がない。現に、今日も今頃何処かで雨の日ながら肉でも啜っている事だろう。さてもさても、桑原々々である。

 だが、無事息災であろうとも、鬼の毒手から逃れたとても、自分が不本意である事には違いがない。自分は矢ッ張り、待ち構えている。

 信じない癖に、人一倍興味がある、と実に埒が明かない。他での悪戯も大概に知ろ、と鬼に言いたい。

 確り仕事をしろと言いたい。せめても、鬼であったならばの話であるが。